酒癖の悪い金目鯛



 回廊をメジャーを引きながら歩き初めて四週間。
 元の世界でなら、この時点で一月たったな〜、って感慨にふけるんだろうけど、ここではまだ同じに近いだけ日にちがある。


 預言以外にも、長すぎる歳月にも人は倦んでいるじゃないだろうか?

 この場合懸命に生きている一般市民は除いて、間違って世界の暗部を覗いてしまった人間や、それこそヴァンのような人間が。
 人が人であることに希望を見出せなくなっているような気がしたから。



 使ったメジャーを巻き上げて、ノートにメモをしていると遠く木霊しながら威勢のいい掛け声と訓練の剣戟の音が聞こえる。
 僕が前に壊した練兵場の壁も、ちゃんと修理が終わった。

 僕は、るんとした気持ちになって、小さく鼻歌を歌いながらダアトを計測し続けていた。
 回を重ねるごとに、本当の目的――導師イオンに会おうというのを忘れるくらいに。




 それは、鯛を釣ろうとしたら金目鯛が釣れた様な気分だった。




 内部構造の把握のためにとはいえ、僕は睨んでいる人物――ヴァンやモース、六神将、彼らの手の伸びている者――たちの私室は除いて、それ以外の教団員の私室は覗いていない。
 僕はアッシュを害する可能性のある者たちの計画を暴きたいだけで、別に片っ端からプライバシーの侵害をしていくつもりはないのだ。

 今更言っても説得力に問題あり、って感じだけど、明らかに何にも関わっていない下っ端の、ベッドの下の秘密の本なんて別に知りたくないしね。
 それでも、倉庫だとか、武器庫だとか、ただの埃の積もった空き部屋だとか、神託の盾がある地下だけでなく、地上部分、ローレライ教団である部分にも僕の計測の手は及んでいた。

 せっせと測って紙に書き込んで、計測量と部屋の配置と、開いた空間に悩んで。
 あるはずのない空間がマップ上にあるなぁ、とおもえば、部屋が重なって悩んだこともある。
 階段の段の高さを一段ずつ測ると正体が見えたけど、入り口がなかった……。

 いやさ、このダアトってどーなってんだろうね。
 と〜っても楽しい建築物じゃない?

 僕は計測を重ねるごとに無駄な闘志がわいてくるのを感じていた。
 そんな時だった。





 一通り計測も終わって、今日の有ご飯は何にしよう?
 久しぶりにセフィが好きだったトラビアの鍋料理でもしようかな〜、って思っていたんだ。
 二人でやる鍋もなかなか乙なものだし、今の時間からなら師団員を全員巻き込んで、芋煮会も悪くないな、って。

 やっぱり壁を取り払って親睦を深めるのに食は最適だし、堅苦しい食事よりは礼儀もかなぐり捨てたような物のほうがいい。
 久しぶりにアルコールもいいな〜、って。


 ここのところヴァンやモースの差し向ける刺客もなかったから、ちょ〜っと気を抜いていたのも確かだけど、


 ドコン


 と、壁がゆれた。

 凄まじい力で誰かが壁を叩いた。
 ぶつかった、とか、蹴りつけた、じゃないのは微妙な音の違いでわかる。
 しかも、この音、ナックルとかグローブとかを付けている感じもしない。

 ビックリして、すぐにうわぁ、痛そうだな〜、って思った。
 震えた壁を思わず凝視していたら、どかんどかんとまた二度三度と壁は殴られていた。
 そして聞こえる女性の声。

 こっちで聞いている人間が居るとは思わないだろうね。
 悔しそうに不条理を叫ぶんだ。

 でもね〜、それはしょうがないよ。
 ヴァンの出世を止められる人間がそもそも向こう側で、君はそのヴァンの部下に、なってしまっているんだから。

 他の六神将と比較して、この場合彼女にとってのヴァンの上司としての価値は紙くずのほうがあるかもしれない。
 だって、扉の向こうからの叫びを聞く限り、彼女がヴァンに信頼を寄せているなんてこれっぽっちも思えなかった。



 だから僕は面白くなって声をかけた。
 たった一度、師団長同士として挨拶を交わした以外はまったく面識のなかった彼女に。





 鯛じゃないけど鯛と呼ばれる。
 そんな魚を引っ掛けたような気分になったんだ。





「そんなに壁を苛めちゃ駄目じゃないか、カンタビレ〜〜」

 気配を殺してそっと扉を開いて進入した。
 興奮した彼女は気が付かなかったようだけど、呆気にとられたのは一瞬で、すぐに彼女はこちらの不躾を睨み返す。

「ふん、私の心配はしてくれないのか? アーヴァイン特務師団長殿?」

 つりあがった目じりの眼差しの鋭い彼女こそ、師団中最大人数を誇り、いまは一方的に僻地に派遣されている第六師団師団長、カンタビレだった。


「立ち聞きとは趣味が悪いな」
「あんまりにも男前な叫びが聞こえたものでね〜。気になって足が止まっちゃったんだよ」
「男前か。私を目の前にしてそこまではっきり言う人間は珍しい」
「わ〜。僕珍種認定されたのかな〜」
「喜ぶな。変人だといったんだ」
「それを分解して変な人、っていうと時々ほめ言葉になるよね」
「言葉遊びだ」
「社交的なね〜」

 ふん、と鼻をならすカンタビレ。
 まだ憤懣やるかたなしといった気配はまるでオーラのように噴出している。
 久方ぶりの本部帰還で今度は一体どんな命令を受けたのか。

「久しぶりに師団長同士が会ったんだ。そんなにぎすぎすしなくてもいいじゃないか」
「貴様にこの屈辱がわかるか! 師団中でも最大人数を誇る我が第六師団が、あんな僻地に行って何をするというのだ!!」
「戦争に使われるよりいいじゃないか」
「ふん。貴様も飼い殺しだろう? 特務師団長殿」
「魔物退治に盗賊退治、市街の警備巡回と、ダアト周辺で出張って、時々とんでもないのに呼ばれるくらいが丁度いいんだよ」
「その口が言うか。一度戦場に立ったなら負けを知らないというじゃないか。覇者の名を頼って陳情を申し立てるところも多いと聞くぞ」
「負けないって約束したからね〜。約束も守れないようじゃ、大人として恥ずかしいじゃないか」

 にやり、とカンタビレは笑った。  吊り上った眦が言葉以上に気性を表す。

「ヴァンの手下だと言われているからな。どんな男かと思っていたが、なかなか面白い」
「そりゃ光栄だね〜。一応ヴァンの部下って事になっているけど、僕ほど扱いにくい部下も居ないんじゃないかな。気に入らない命令だったら無視するしね〜」
「ははっ! 命令無視まで平気でする男をあのヴァンがまだ排除できずに居るというのか!」
「そういうこと。ところでお嬢さん、暇があったら夕ご飯でも一緒にどお〜〜?」
「ナンパか?」

 僅かに失望を現して眉根を寄せるカンタビレ。

「鍋にしようかと思っていたんだ。二人でやるか、それとも師団員全員呼んで大勢でどんちゃん騒ぎにするか、究極の二者択一だね」
「おまえが作るのか」
「団員も居るなら料理の得意な奴にも手伝わせるけど、二人でやるかもしくは君も一緒で三人なら僕が作るよ。材料さえあればすぐ出来るのが鍋のいいところだしねぇ」
「特務師団は五十人だったか」
「正式じゃないのがこの前六十三人増えたよ」
「あわせても百人を超えたぐらいか……それなら不可能でもないだろうが」

 鍋か、と呟きうーん、と考える様子が、その厳しい外見と男前な発言と正反対のようで可愛らしい。
 キリエかフィールだったらギャップ萌えー!! とか叫びだしそうな気がする。
 けど僕はセフィ一筋さ!!

 女の子は大切にしなきゃならないし、かわいいと思うけどそこまでだ。

「男の料理で味が心配でも、鍋じゃそう失敗はしないし、グランコクマで昆布も買ってあるから出汁も効いてるよ〜? ちなみに具は鶏団子と白菜だね」

 昆布はあるけど鰹はない。
 煮干もないけど。
 生姜にネギに、薬味を沢山入れた鶏団子に、甘くて美味しいシャキシャキの白菜。
 アッシュが春菊が嫌いだから今日のところは勘弁してあげよう。
 薄切りにした大根と人参は欠かせない。
 茸に豆腐、水菜もいいし、ライスの変わりにうどんを一緒に茹でてもいい。

  「予定があるなら無理強いはしないよ。ただ、君も知っているだろうけど、僕のところに居る鮮血のアッシュがもう少しで僕の師団を引き継ぐんだ。若輩者の師団長に、ベテラン師団長からちょっと訓示でも〜と思ってね」

 おどけて肩をすくめながらそういえば、くっくっ、これまた男らしく笑うカンタビレ。
 見かけの厳しさに似合う低音の声はとても耳に心地いい。
 師団長と言う仕事柄声を出すことにも慣れているだろうし、歌わせて見ればなかなかのものかもしれないと思う。

 ふむ、と頷くカンタビレ。

「それでは、よろこんでご相伴に与ろう」
「それはよかった。二人じゃやっぱり少し寂しいしね〜」
「気心の知れぬ仲の者が入って気が引けないのか?」
「同じ釜の飯を食う、って言うじゃないか。一緒の食事を取ってこその信頼関係だと思わないかい?」






 







 その鍋は、たかだか三人にもかかわらず異常な盛り上がりを見せた。

 最初こそ生真面目に訓示を垂れたり若輩であるアッシュを心配する発言をしていたカンタビレだが、時間がたつにつれ何かがこなれてきて、アルコールが入って人格が壊滅した。


 日ごろのストレスもあったんだろうとはおもうけど。


 先の見えない演習演習!!!!

 実力に見合った任務がない事に下の部下からも不満が増えてきているらしい。
 彼女の気性からもわかる、第六師団は実力主義。
 神託の盾での出世を求める兵士達にとって、カンタビレの掲げる実力主義は大きな魅力の一つだった。
 血縁人脈裏工作。

 預言が支配する世界でも、不思議とそういうのはなくならないらしい。
 だから、そういうものがなくても、実力さえあれば上に登れるカンタビレの師団は、とても貴重な場所なのだ。



 酔いの回ったカンタビレは未成年のアッシュにもアルコールを勧めまくり、断りきれずに飲んだアッシュも気が付けば髪の毛と同じくらい赤くなっていた。
 そういえば、キリエは青年と未成年の区切りに二十歳を推奨するけど、ここじゃどうなんだろう。

 文化的に二十歳より若い年齢で青年扱いされそうな気はする。
 ガーデンでも、いやこの場合バラムとガルバディアは十八歳だったしね。
 トラビアは寒いせいかアルコールは十六歳からになっていたと思う。

 一体何がいけなかったんだろうねスコール。
 僕は彼女を見た時にゼルに似ているタイプだと思ったんだよ。
 もっと頭のいいゼルって言うか、そんな感じに。


 それがどうだろうこの酒癖の悪さ。


 とにかく僕は、もう二度とカンタビレとアルコールは飲みたくない。
 壊滅したキッチンの修繕には二週間かかるって言う話だった。









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