六十三人



 マルクトの皇帝が代替わりして、好戦的外交を廃止して軟化政策をとりはじめていると話に聞いた。
 これで戦争がなくなるとは思わないけど、とりあえずは紛争だ小競り合いだ戦争だって、そういう思惑の戦いに出てくれと言われることは減るだろう。
 結構断るのも大変だったのだ。
 ヴァンがね。


 そう思っていた矢先だった。
 その知らせが入ったのは。



 穏やかで静かなダアト。
 つい先日、年の初めのころの負け戦、ケセドニア北部の戦争だ。
 ダアトはキムラスカに加担し、キムラスカは壊滅的な被害を受けた。

 ダアトには、死者をいたむ雰囲気が満ちている。
 モースやヴァン、そんな上層部に限って言えば全然そんな事はないんだけど、端末の信者や教団員たち、そして神託の盾の兵達は、純粋に悲しみに浸る。



 ヴァンから話があった。
 十五になったときには、師団を持たせると。

 いっそ僕の特務師団そのまま持っていけばいいと思うんだけど。
 そうすれば僕も身軽になるし、今の師団なら、アッシュとの信頼関係も出来ている。

 部下に信頼されない上官は鼻をかんだ後の塵紙より役に立たない。
 そして産廃以上に毒だ。


 戦争を喜ぶつもりはない。
 けど起こるのならその時期が、アッシュが十五歳、つまり師団を与えられる前でよかったと心底思う。
 可愛い子供に人殺しなんてさせたくはない。
 ましてどちらにも正義のない戦争なんかに送り出したくなんかない。

 アッシュが始めて人を殺した日の事を、僕はまだ覚えている。
 きっとアッシュも忘れない。
 神託の盾騎士団の仕事で、兵士として、逃れられない事でもあった。

 アッシュは泣かなかったし、その場では怯えを見せなかった。
 けど、割と直情で熱血なアッシュの内心なんて、判る人には判るものだ。
 平気な振りをして見せているけど、食欲が無くなって頬がこけたし、師団員の無言の気遣いにも気がつけなくなっていた。
 そして何よりは、悪夢。

 ベッドは別だけど、寝室はいっしょだから。
 気が付いてしまう。

 王位継承権保持者、そして軍部のファブレ公爵の嫡子。
 あのままバチカルに残っていても、アッシュは恐らく戦場に出ていただろうとは思う。
 十七歳でアグゼリュスで死ぬ、と詠まれたと言う事は、逆を言えばそれまでは死なないと考える馬鹿も居るだろうから。

 ナタリアの事は心配しているし、キムラスカと言う国の事も心を痛めているようだけど、生まれてから十年彼の身に付随していたさまざまなもの、王位継承権や、ファブレの名前に対しての執着はここの所なおさら薄くなっているように思う。

 居場所を奪われた。
 さまざまな物を失った。
 そう思っていただろうし、その思いを増長させられても居た。
 けれどこの前、アッシュは僕に言ったのだ。

「失くしたと思っていたものが、気が付けばまた手の中にあった。アーヴァイン、あんたに感謝する。居場所がないなら造ればいいと教えてくれた」

 その言葉で、僕の努力は報われた。

「僕が教えたんじゃない。君が自分で知ったんだ」
「それでもだ。ファブレ邸の白光騎士団よりも、今はあんたが俺に貸してくれた兵士の方が信用できる。安心して背中を預けて戦える」
「そう言ってくれるなら、しごいた甲斐があるってものだよ。感謝してくれるなら、忘れないで居て欲しいな。一人じゃないって事を」
「……ああ」

 呟いて伏せられた眼差しは、暖かい感情が感じられた。
 いつものとおり、いつもと変わらない。
 スコールと良く似ているけど、全然違う。

「僕の師団の連中の忠誠を、片っ端から掻っ攫っているのは、間違いなくアッシュの存在だ」
「……すまない」
「謝る必要はないよ。彼らは君のために育てた。そして彼らが君を育てた。ははっ」
「何が可笑しい?」
「いや、丁度いいからさアッシュ。僕の師団、そのまま継いでみない?」
「あんたが手塩にかけて育てたんだろ?」
「だ〜〜い丈夫! ちょっとヴァンの奴を脅しつければ、何とかなるって」
「だが」
「彼らの心はもう、アッシュ、君の下にある。受け取ってくれないかな。名目上は僕の師団だけど、実質指揮はもうアッシュ、君が取っている。正式に君の師団になれば、もっと融通が利く。十五の誕生日のプレゼントが兵員じゃなんだか殺伐としているけど、彼らは君の役に立つだろう。だめかな」
「駄目だなんて、言えるはずが……ない」

 卑怯だぞ! と眼差しで語る。
 迫力と言うか、貫禄と言うか、若い割には侮れない。
 心が体に引きずられること無く、時間の分だけ成長している。

「じゃあ決まりだ。これからヴァンのところに言ってくるから、今日の夕ご飯は頼むよ〜?」
「ああ、それくらいならまかせろ」

 そう言葉を交わしてアッシュと別れた。
 僕はスキップでもしそうなほどに気分が高揚していて、頭の中にヴァンの執務室までのマップを浮かべる。
 今日はダアトに居るはずだった。













 そんなこんなでヴァンのところでごり押しして、そうしたら代わりに与れといわれて全員が二十歳以下、入団一ヶ月未満と言うとんでもなく役に立たない新兵達を纏めて押し付けられた。
 数は僕の師団より微妙に多く六十三人。
 僕のところの死傷率が低いから、使えるようになるまで鍛えろといわれた。

 いいけどさ。

 ついでに何か水面下では騒がしいことになっているみたいだ。
 僕の行動を監視、とまでは行かなくても、ある程度以前よりは詳細に把握はしておきたいようだった。
 使えない人員を配備して、調練に励むようなら大体居る場所はわかる。
 それに、ヴァンを慕って神託の盾に入団する人間もいるから、そういう人間を伝って様子を聞いたりもするのだろう。

 直接的な監視じゃなければ文句は言わない。
 過去には条約を無視して僕を監視していた人員も居たけど、きっちりけりをつけておいたし。
 二回排除したあとはもうその手の監視をつけなかったあたりは賢いといっておこうかな。
 暗殺者もさすが送り込んでこなくなったし、時々アッシュが居ないときに食堂で食事をとっても毒物混入って事はなくなった。

 ようやく、やるだけ無駄だって悟ったみたいだね。
 と思って、ふとため息をつきたくなった。
 役に立たない、付けても排除される、効果はない。
 そう思っていてもなお排除したいだけ僕が邪魔って事か、と。

 もし権威をかさに来て社会的抹殺を図るなら、ヴァンはもちろん手足の六神将もことごとく潰してからアッシュと、そしてレプリカのルークも連れ去るつもりではあった。
 そのあとは漆黒の翼に身を寄せてもいいし、フィールと僕と二人そろえば何とかなるだろうし、いっそのこと僕の知る第六譜石の預言を抱えてマルクトにいくのもいいと思った。
 そういう意思がある事をヴァンに告げては居ないが……まあ、匂わせはしたかな。



 計画がなるまでおとなしくしてろと、言いたい様だ。



 今はまだ引継ぎのなっていないたった五十人の師団員と新しい師団員六十三名をダブルで抱えて、しかも片方はまったく役に立たないので実は結構忙しかったりする。

 忙しいのだが――そこはそれ。
 最初のころの混乱さえ潜り抜けてしまえば、そこには熟達の兵士達と新人と言う構図が。
 新人教育はここ数年鍛え上げた彼らに有る程度任せておける。
 というか喜び勇んで新人をいびってくれるだろう。
 もともとがあぶれ者とひねくれ者たちの集まりだ、僕の師団は。
 軍隊特有の思想教育もしてくれる、というか、基礎体力が付くころには付いているだろう。
 二週間は練兵にもこまめに顔を出していたが、そのあとは週七日が六日になり、五日になり三日になった。

 もう少し体力が付いたら、今度は教官として練兵に顔を出すことになるが、そうなるまで、少し暇が出来たのだった。









だから、僕は、



 いまさら、と思わないわけでもない。
 けど今更、僕はダアトのマッピング作業をしていた。


 アッシュを探しているときはいちいち書き付けているのも惜しかったから記憶の中でだけマッピングしていたんだけど、こうしてちょ〜っと余裕が出てくると、紙媒体に残してみようかなって気にもなってきた。

 ダアトって広いんだよ〜〜。
 しかも、隠し部屋っぽいのが結構そこかしこにあるみたいで、廊下の長さとか、階段の数とかと、部屋数が合わない。

 それに、重要な場所への移動とかは、譜陣を使っていたりもするから、まるで分けがわからなかったりもする。



 最近アッシュも僕の手を離れてきて、うれしいやら寂しいやら。
 一人立ちの季節かな……。

 剣の腕も名手と呼ばれるほどに上達したし、もともと向上心が強いから、座学もなかなかのものだ。
 初任務の大任を成功で終えてから、自信も付いたみたいだし、もともとそう大げさに表情を変えるほうじゃないから、あからさまってことは無いけど、感情が明るいのはわかる。
 褒めた時も昔より少し……すこーし、はっきりと喜びを表すようになった。
 過去の教育とそれに育まれた高い矜持が邪魔をして、まだまだ、まだまだまだまだ素直にはぜ〜んぜん、なれないみたいだけど。

 順調に功績も挙げて、やはりというか、鮮血のアッシュの名前を絶賛売り出し中だ。


 アッシュの内面の変化は、周囲にも影響している。


 もともと人を統率する資質のある人間、だとおもう。
 人を威圧する雰囲気も持っているし、心酔させる雰囲気も持っている。
 僕の師団の中にも、そしてそれ以外の神託の盾の中にも、アッシュの姿を、その生きる姿勢を見て、アッシュを認める人が増えてきた。

 無闇な誹謗中傷も、最近では成りを潜めたし、十歳のころならともかく、十四歳なら、結構神託の盾にも同年代の少年兵がいる。
 食い詰めだったり、志願だったりと色々だが、人との交流も増えてきて僕といる時間が減ってきた。


 人と交わること、孤独ではなくなることは喜ぶべきことだ。
 







 いやさ、本当はダアトをマッピングしている時間なんてないんだけどね。
 アッシュはもうちょっとやそっとの事じゃコントロールを受けないくらいに自我を確立したし、手を離れたのは確かなんだけど、その分僕が暗躍を始めたから。









 ダアトを調べ始めたのだって、正確なマップを求めたのだって、いざというときのためだし。
 キリエやフィール、場合によっては彼らの仲間たち。
 このダアトは、ヴァンの活動の拠点だ。
 僕を警戒してか資料の類は置いていないか、あるいはまだ僕が見つけていない場所にあるんだろうけど、研究は基本的に外部のはずだ。
 僕がぶっ壊した施設は再建されていない。
 それでも、手下達が神託の盾騎士団に所属しているからには、ここを中心点としないわけにはいかない。
 ほかじゃ不便すぎる。

 それに相変わらず証拠は残していないけど、僕の行動を縛り付けたがることからも、秘密の臭いはぷんぷんする。
 僕の見つけていない秘密もきっとどこかにあるはずなんだ。



 僕はぜーんぜん知らないけど!!






 僕の六神将の立場は暫定的なもので、欠番が埋まるまでは、って言うことに一応なっている。
 対外的にはともかく、ヴァンにはそう言われた。
 暫定的に六神将。
 特務とはいえ師団長で、二つ名持ちだから。
 そして、ヴァンの企みには関与していないけど、ヴァン直下の部下。

 ダアト内部におけるヴァンの地位の確立のためには、僕の名前と功績は丁度いい名前だったってことだ。


 研究研究でめったに自分で師団を率いない第二師団師団長、自称薔薇――通称死神ディスト。

 はじめに来たころのヴァンへの憎しみのこもった厳しい視線は何処へいったのやら、六神将に取り立てられたばかりの彼女は今じゃ名前も変えて、ヴァンの右腕。
 第四師団師団長、魔弾のリグレット。

 一度見たら忘れられない大男、神託の盾の制服が致命的に似合っていないと思う、武闘派第一師団師団長、黒獅子ラルゴ。

 ラルゴは前者二人と比べて自分で師団を率いて出ることが結構多い。
 それに、僕と、もう少しすればアッシュが入って五人になるところ、かな。

 いずれ六人そろったら、僕は外されるだろう。



 紹介を交わしはしたけど、あまり彼らと親交はない。

 ディストは研究研究、リグレットはヴァンが頻繁にキムラスカに通うものだから、ダアトから居なくなればとたんに忙しくなる。
 二人がめったに自分で師団を率いないから、頭が必要な任務ではラルゴが居なくなる。
 見事なすれ違い生活だ。


 実はまだ導師イオンにも会ったことがない。

 神託の盾、つまりは導師イオンに仕える部隊の、特務師団と言うたかだか五十人ばかりの部隊とはいえ、師団長の名を預かる人間が、その仕える人間を知らないんだ!!

 何て滑稽な笑い話だろうと思った。


 アッシュにしても、ルークにしても、思想教育に熱心なヴァンのことだ。
 導師イオンに対する教育にも熱心なんだろう。
 幼くして導師に付いたイオン。
 近頃は病がちだと聞くけど、だからといって意思が折れるような可愛げのある子供じゃないようだった。
 すでに権力の使い方も知っている。

 傍から見ればいや〜な子供かもしれないけど、それでも病に侵され死を間近に見るようになった自棄の子供の心など、ヴァンにとってはどれほど扱いやすいものだろうか。


 僕が会った事がないのは、ヴァンが会わせないようにと画策しているからだろう。
 僕はモースとの折り合いも悪い。
 任務の通達はだいたいヴァンから下される。

 僕は階級的に下位に当たるものはともかくとして、上位に当たる者たちとの接触の窓口は極端に狭い。


 こうも会わないと、むしろこっちから出向いてやろうじゃん? って気持ちになる。
 で、躍起になって出会おうと画策している僕は、そのためにまずマッピングを始めた。
 前述のいろいろだって、言い訳じゃないよ?
 いざダアト内部を走り回る羽目になったら、まず初見の人間じゃ迷う。
 類稀なる方向感覚を持っていてもきっと迷う。

 迷っているうちに何か大切なことが終わってしまっては元も子もないからね。
 自分たちはもう迷わずに歩けるけど、キリエやフィールもそうかと言えば違うし、一々壁をぶち抜いて歩くわけにもいかないしね〜。
 アッシュが手を離れてきたから、いつかのためにマッピングしてみようという気にもなったんだし。

 一石二鳥か三鳥くらいの気持ちで、僕はダアトを記録していた。
 図書館にはダアトの設計図もあったんだけど、度重なる増改築のせいでもう役に立たないし。

 全てが終わったあと、この建物がまだ残っているようなら、寄付してもいいかもしれない。
 ああ、でもこういう言い方をすると、僕に壊す気があるみたいに聞こえるよね〜。







 今日もまた、アッシュが訓練に出ている隙に僕はダアトの中をメジャーで測っていた。
 訓練の時間は、とくに地上階と違って神託の盾が所属するこの地下は人気がなくなる。
 みんな訓練に出るからだ。
 だからとっても都合がいい。

 アッシュに譲る事が決定した僕の師団は、僕がいなくてもいい。
 アッシュの師団になるまで、指揮権を譲渡している。
 めんどくさがりなんて言っちゃいけない。
 ベテランの兵士が、若い上官を鍛えていくものなんだから。

 気心の知れた彼らに十分に揉んでもらって鍛えてもらって、そしてから自分の部隊をもてたなら、それに越したことはないから、そう思っていたけど、彼らをそのままアッシュの元につける事ができるならそれが一番いい形だった。
 そろそろ五十になる叩き上げの兵士なんかが参謀としてはお勧めなんだけど。
 僕の所に来た当時はぐれてたんだけどね〜。
 いざ守る者を――この場合アッシュだね。それを見つけるとまあなんと強いこと使える事。
 預言との付き合いが長いけど、戦場に出るという仕事柄か、あんまり預言に傾倒していない感じも好感度が高い。


 教団の預言は、死を詠まない。


 預言の忠実な信者たちが戦場で散るところを見ていけば、やがては彼のようになるのか、あるいは自分が死なないのはユリアの加護だと言って更に預言に傾倒するかのどちらかだろう。
 幸いにも、彼は前者だった。

 預言が死を詠むアッシュと、その彼とともにその預言に牙をむこうとしている僕らとしては、預言預言と口うるさい人間じゃないことは精神的にも楽だった。
 やっぱりさ、僕の部隊にも一人や二人はそういう人間がいるわけで。

 訓練のときは一緒くたにしているけど、そういう人間はやっぱり僕の私兵としては使えない。
 この人の命令なら死地にもいける、あなたの盾になって死ぬなら本望だ、とか、僕はそういう暑苦しいの別に好きじゃないけど、そうまで思ってもらわなくちゃ秘密は打ち明けられない。


 命を預けるって言うのは信頼で、僕はアッシュに何度も言った。
 部下に信頼されない上官は屑だ、と。


 僕もアッシュも、ヴァンとは違う形で預言に反乱しようとしている身だ。
 いつか、上司であるヴァンに逆らって動いてもらうためには、利害ではない心を寄せてもらわなければならない。
 そういう点では、僕よりアッシュの方が優れている。

 上官である僕に断りを入れてまで、忠誠の在り処を示した者が現れたのはいつだったろうか、一人がそうなれば、あっという間だった。
 そのころはまだアッシュは今より幼くて、誓われた忠誠に困惑もしていた。

 白光騎士団は彼の父のものだったし、彼自身がそういう忠誠を受けるのは、初めてだったはずだ。
 それは、現在だけでなく、過去と今を見た上で、将来性も見越しての忠誠だったと思う。

 この人の歩む先を見てみたい。
 叶うことなら剣と成り盾となり、その隣で、後ろで、前で。

 直属の上司を差し置いて、僕の師団から、アッシュは自身の力で人にそう思わせる事ができたんだ。
 本来なら師団の統率が乱れる事を危ぶむべきなんだろうけど、いいさいっそ好都合!
 僕の身は自分で守れる。あと問題はアッシュだけだったんだから、アッシュが自分の力で、自分の生き方で人の心を掴んでいる。



最高だよ!!



 どんどん掴んでいっちゃえ!
 バチカルに帰るときには引き抜いていこう。




 ここで掴んだものは、アッシュの力になる。









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