怪音の二日



 その日、珍しくアーヴァインに来客があった。
 キーマン、と告げればわかると言ったふざけた男。



 重要人物。中心人物。キーパーソン?



 ふざけてる。




 兵士に案内されて練兵場まで連れて行かれる男を遠目に見る。
 年はアーヴァインと同じくらいの年齢か、心持若く見えた。
 そしてまるで重要人物には見えない雰囲気で、信じられないほど一般人のようだと思った。
 畳んだマントを左手に下げて、腰には剣と、鞭が見える。
 二つとも使い込まれているがきちんと手入れはされているようで、傍目から見ても状態はいい。
 剣に関してだけ言えば、もしかしたらアーヴァインより腕が立つのかもしれないと思うとどこかふつふつとした感情がわいてきた。


 なんだ、これは。


 もしかして自分は気に入らないのか?


 思い当たった感情にはっと目を見開いて、すぐにそれにふたをした。
 くだらねぇ。





 ならばなぜ、俺は今ここにいるんだろうな。

 壁を一枚隔てた向こうにアーヴァインとキーマンがいる。
 まあ、本名じゃないんだろうが。

 隔てた一枚の壁のせいで不鮮明になる声。
 何を言っているのかは判らないが、俺の知らない声が誰かに向けて喜びの声を上げている。
 人払いがされて、周囲に俺以外人の気配がない回廊はやたらと静まり返っていて、あの部屋の中からの音を木霊させる。


 それを扉の横に立って待つ俺は、自分の心を扱いあぐねていた。


 気に入らない気に入らない気に入らない。


 何故だ?


 親しげな様子に胸が痛んだ。


 ああ、これじゃ、大切なものをとられるかもしれないと怯えている子供じゃないか。
 と、気が付いてぎょっとした。
 なんだ、そうなのかと思うと安心もした。

 本で読んだ程度の知識だが、兄弟に対する嫉妬に似ているのかもしれない。
 実際の兄弟となりえるかもしれない相手は遠く離れていて俺の存在も知らないから、そいつで実感する事はないんだろうが、多分、似たような心境なんだろうと思う。

 気が付けば安心して、「ばかばかしい」と切り捨てた。
 あいつは他人じゃないか。
 幼い時から一緒に居て、俺は父母よりもあいつに育てられたようなものだった。

 だが、他人だ。

 俺の知らない時間を生きてきて、俺の知らない人とのつながりが会って、俺の知らないあいつの姿を知っている人間が居る。
 当たり前の事じゃないか。
 そう思って、その他人と言う響きに言いようのない寂しさを感じる。

 そして、血縁ではなくてもそう思えるほど、人は絆を創れるのだと思った。
 そうあいつは努力してきたのだと思った。
 血縁は、きっともっとも単純なつながりで、今でも大切だ。
 けど、努力が無くともあると思ってしまうのも、甘えだろう。

 アーヴァインは俺にとって、父上よりも大きな存在で、どれほど頑張っても同じ景色は見れないんじゃないかと思うほど、力もあり、見識もあり、尊敬する人間だった。
 そんな人間が、彼にとっての何か偉大なものにかけて俺に、俺の味方であると誓ってくれた。

 そのアーヴァインが、今この壁の向こうで、俺の知らない感情で久しい友と会っている。

 ……頑張ろう、と思った。
 いつか認められるくらい。
 せめて剣技で一本はとりたい。

 二百人抜きが出来るようになれば、一回ぐらいは勝てるだろうか。

 もしかしたら、どんなに力を付けて周囲から認められるようになっても、あいつにとって俺は生涯庇護すべき対象なのかもしれない。
 そう思うと少し気が重かった。











 とっ捕まえられるような兵士も居ない、扉の向こうから聞こえてくるのは聞きたくもない楽しそうな声。
 考える内容も馬鹿らしくなってきて、いい加減立ち去ろうかと思ったときだった。

 今まで騒がしかったのが、急にしんと静まって、それが俺の気を引いた。
 立ち去りかけた足をとどめて様子をうかがう。

 ぼぐっ、と声さえ鮮明には届けない壁をはさんですら聞こえるこの鈍い音は、もしかして人を殴った音だろうか?
 そう思った次の瞬間には立っていた壁のすぐ脇の壁が突き破られ何かが飛び出してくる。
 信じられない勢いを持ったそれは壁に突き刺さり、石よりも硬いその壁を砕いて無傷でげらげらと笑い続けていた……。

 訳がわからなくてただ呆然と見ていると、その男の突き抜けた穴から悠然とした足取りでアーヴァインが出てくる。


「あ……アーヴァイン?」
「なんだい、アッシュ」


 普段と変わらないつもりなんだろうか?
 俺に応えながらも意識は目の前の男の上にあり、こわばったような表情は良く見れば怒りにも見えた。
 怒り?
 あんなに楽しそうに話していたのにか?

 アーヴァインにも地雷はあるということか。
 知らなかった。
 俺は、いままでこいつが暴力的な行動に出るような怒りを見た事がない。
 俺に対するときは、常にどこか諭す意味合いのある言葉で、怒ると言うより叱られていると感じた。

 しかし――なんて丈夫な男なんだ。
 普通ならこの壁を壊すほどの力で激突すれば挽肉になっているだろう。
 いや、これほどの力で蹴ったのなら、アーヴァインに狩られた時点ですでに挽肉か。
 壁一つ突き破ってきている事からして異常だ。


「……どうして、無事なんだ……」
「紹介するよアッシュ。こいつは僕の後輩で、フィールという」

 呟けば、俺の疑問を通り越した先で壁に突き刺さった男を紹介された。

「まあ見たとおり、とても打たれ強い男だよ」
「打たれ強いからとって打たれるのが好きなわけじゃないですからね? アッシュ少年」
「そしてフィール、この少年はアッシュといって、僕の誓約者だ」
「あれ、誓約ってもしかして魔女とガーデンですか?」
「そう、それ。僕はアッシュに魔女とガーデンの名にかけて誓いをしたんだ」

 全然……全然へこたれていない。
 もしかしてこいつ等にとってこれが普通なのか?
 石壁より硬い壁を体当たりで壊して打撲一つなさそうな体や、それほどまでに強力に人体を蹴り飛ばせるほどの体が必要なのか?




…………俺、生涯アーヴァインに勝てないかもしれない。




 庇護の対象とか、そういった話ですらないように思った。

「まあ、詳しいことは僕の部屋に行って話そうか。もうどこか壊す心配もないだろうしね」

 まだほうけたままの俺をアーヴァインが促す。
 強がって俺はそれに平気な振りをして言葉を返した。

「壊れたところの修理はどうするんだアーヴァイン」
「あ〜、給料から差っ引かれるかなぁ。いや、領収書はフィールに押し付けよう!」
「何で僕ですか!!」
「フィールのせいで壊れたからに決まってるじゃないか〜〜」
「僕を蹴飛ばしたのは先輩じゃないですかぁ!!」
「まあ気にしない気にしな〜い。さあ、いっくよ〜」





 これほど、環境の違いによる日常と言うものの差異を感じた事は他になかった。


 そうか。
 ガーデンに居るSeedとやらは、みんなあんなものなのか、と、後でアーヴァインに言ったら、それは間違いだとあわてて修正された。



 やはりあいつは正体不明だ。









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