鍵、来訪



 ここに来て一年ぐらい。
 ようやく僕は気が付いた。

 たとえ教団内部を赤毛の男の子が走り回っていてもどうでもいいのだと。

 それを指摘する人物が居ても、それを不審に思っても、如何こうできる権力を持たないのだ。
 いちおう、現在のところアッシュの後ろ盾もヴァンになっている。
 そしてヴァンは、もうまもなくローレライ教団においては詠師に付くとされ、神託の盾騎士団の役職においてはすでに主席総長という、スコールのハンチョの役割と同じくらい分けの分らない地位を得ていて、階位においては謡将の名を得ていた。

 正直、上にはもうモースぐらいしか居ない。
 しかもそのモースは預言狂。
 キムラスカにきちんと赤毛の王族男子ルークが居るからか、ここに赤毛の男児が居ても構わないらしい。

 だから、僕もあまり気にしないことにした。

 いつか王家に戻るとき、その名を上げられるような功績でもいっそのこと残そうかと最近じゃ思ってる。
 アッシュの髪は、昔からルビーともワインとも鮮血とも例えられてきたけど、ここは騎士団という場所柄か、彼の髪を鮮血と例える人が多い。

 それならやっぱり、呼ばれるなら鮮血のアッシュだろうか?
 物騒だけど、迫力はあるかな。
 というか、絶対に僕のよりいいとおもう。

 ……覇者って何さ?

 覇者アーヴァイン!!
 絶対笑われるよ、僕。
 まだポーチが使えないから、キリエはこの世界に辿り着いていないようだけど、来たなら絶対に知られるだろう。
 そして笑われる。

 ああ、鬱になりそうだよ〜〜。

 そんな時だった。
 一人の来訪者が僕の下に来たのは。








 アーヴァイン特務師団長、と、最近ようやく呼びなれ始めた名で呼ばれてつげらたのは、ありえないとすら思っていた報告だった。

「え、僕の客? 何処の誰か、聴いたかい?」
「キーマンが来た、とそう言えば分るだろうと仰ってましたが」
「キーマン!!」

 思わず復唱して、僕は頭を抱えた。
 うわ、来たよ!
 キリエより先にあいつが来た!!

「と、とりあえず僕の部屋に案内しておいてよ。いや、練兵場のほうがいいかなぁ」
「練兵場、ですか?」
「今回は多分、きっと取っ組み合いになると思うんだよね〜」
「と、取っ組み合いですか」

 伝令に来た兵士が、ぽかんと口を開けて固まった。
 なんと返答したらいいものか困っているのが伺える。
 この兵士は僕直属じゃないけど、立場的には上司だし。
 軍内部の階級規律って、結構厳しいんだよね。
 下手な受け答えをして不興を買っても、って気持ちは分るよ。

 とりあえず、だ。
 目の前の兵士も客人も、放置して置けない。
 特に客の方は、なんとしてでも侵入できる実力がある。
 ヴァンのことは好きじゃないけど、別に一般兵まで憎いわけじゃないし、彼らに何かあってもかわいそうだった。

「うーん、まあ練兵場のほうでいいかな。もてなす準備は何も要らないよ」

 なにより、これから交わされるだろう会話を思うと、もてなす気力もうせるというものだった。








 いつもアッシュを転がしている練兵場に付くと、すでに人払いがされていて、その中央に男が一人、ものめずらしそうに見回しながら立っていた。
 僕が来た事に物音で気が付いたのか、こっちを振り返ると、満面の笑みで手を振る。

「アーヴァインセンパーイ!!」

 僕にとってはすでに懐かしいとも言える歳月を経ての、再会だった。
 いかにも楽しげに声を上げながら駆け寄られて、人払いされていることに心底感謝した。

「やあ、久しぶりだね〜、フィール」
「そんな堅苦しい挨拶はいりませんよ、セ・ン・パ・イ♪」
「いや〜、僕としてはもう少し体面が欲しいんだけどね〜」

 ハンター世界を脱出しようとしていたころは、もう少し堅苦しかったと思うけど、自分達を先輩と呼ぶ姿勢は変わらないまま、態度だけが砕けてしまっている。
 これも長い歳月が作り出す魔の所業なのかな〜?
 呼び名が変わったといえば、キリエのことは呼び捨てになった事ぐらいか。

「いやほんと、お久しぶりです先輩。僕はこっちに来てから一年ぐらいあっちこっちさまよっていたんですけど、先輩は何時ごろこっちに来ていたんですか?」
「僕は大体十年位前かな〜。三人一緒に来ていたはずなのに、一人で戦場に放り出されてね〜」
「まだポーチが使えませんし、キリエはまだこっちにきていないんですね」
「でも僕たち二人が時間は違ったけどこっちにこれたんだから、きっと来るよ。気長にまとうか」

 他愛無い再会の言葉を交わし。
 キリエがいないために使えないポーチに愚痴をこぼし、今度改善案を出そうと話し合う。
 そしてとうとう。

「そういえばアーヴァイン先輩」
「ん? なんだい」
「面白い二つ名を付けられているみたいですね」

 ぴくり、と自分の肩が意に反して跳ねた。

「いやいや随分と勇名を馳せてくれたようで、おかげで携帯もポーチも使えなくても連絡が取れました。ぷくっ、覇者、アーヴァイン? でしたっけ、先輩」

 完全にからかう響きを持ってフィールがそう告げた時。
 僕の体はすでに動いていた。

 一拍でその懐に飛び込み、みぞおちに拳を叩きこみ、浮き上がった体に今度は強烈な右回し蹴りを。
 とっさに腕を掲げて防御するが、その程度でどうにかなるような力ではない。
 振り抜いた足はまさに風のごとくにフィールを吹き飛ばし、壁にたたきつけた。
 いや、壁を叩き壊して更に向こうの壁にフィールの体は叩きつけられた。

 扉の脇に出来たもう一つの出入り口。
 穴の向こうからげらげらとした笑い声が聞こえてくるあたりはさすがといってやるべきか、悩む僕。
 深い深いため息をついて自分を落ち着かせると、帽子をかぶっていない髪を掻き揚げ、僕もまた穴を潜った。

 そこで目にしたのは、予想通りたいしたダメージもない姿で壁に埋もれながら笑い転げるフィールと、扉の脇に立って目を丸くしているアッシュ。

 呼んだ覚えはなかったけど、きっとまだかな〜、まだかな〜、って待っていたのかと思うと、一気に感情が落ち着いた。
 昔の僕も、ママ先生にお客さんがあるときは扉の前でああやって待っていたものだったから。
 ほほえましくなっちゃったんだよね。
 おかげで拳が鈍っちゃったけど、まあいいかと。

「あ……アーヴァイン?」
「なんだい、アッシュ」

 どこか意識を遠くへやった声で名を呼ばれ、応えれば、アッシュは僕とフィールを交互に見やり、続く言葉がない様だった。
 何かいえたらそれはそれで凄いと思うけどね。
 壁をぶち破って突き刺さった挙句にまだ笑い続ける男に、少しの苦笑も交えた表情でその壁の穴を潜ってくる僕。

「なあ、これはあんたがやったのか?」
「う〜ん、ひさし振りの再会でちょっと高揚しちゃってね。思わず拳が飛び出ちゃったんだよ」
「嘘ですよ少年。拳どころかあの長い足で思いっきり回し蹴りですから」

 言うとまったく平気そうに壁の欠片を払い落としながら立ち上がる。
 地下部分の構造は、石か、あるいは多くの部分が音素というものが支配する以前の文明の建築技術で作られた材質で出来ている。
 調べる気がないので良く知らないが、唯一つだけわかっていることは人間がぶつかった場合、一般的には人間に勝ち目がないということだ。

「……どうして、無事なんだ……」
「紹介するよアッシュ。こいつは僕の後輩で、フィールという」

 半ば呆然と呟かれた言葉に理論のつながった返事を出来る気が全然しなくて僕は逃げを打った。

「まあ見たとおり、とても打たれ強い男だよ」
「打たれ強いからとって打たれるのが好きなわけじゃないですからね? アッシュ少年」
「そしてフィール、この少年はアッシュといって、僕の誓約者だ」
「あれ、誓約ってもしかして魔女とガーデンですか?」
「そう、それ。僕はアッシュに魔女とガーデンの名にかけて誓いをしたんだ」

 そう言えば、フィールは目をまん丸にして驚いた。
 酷い反応じゃないか〜〜。
 まったく僕のことをいったいなんだと思ってるんだよ〜。

「まあ、詳しいことは僕の部屋に行って話そうか。もうどこか壊す心配もないだろうしね」
「壊れたところの修理はどうするんだアーヴァイン」
「あ〜、給料から差っ引かれるかなぁ。いや、領収書はフィールに押し付けよう!」
「何で僕ですか!!」
「フィールのせいで壊れたからに決まってるじゃないか〜」
「僕を蹴飛ばしたのは先輩じゃないですかぁ!!」
「まあ気にしない気にしな〜い。さあ、いっくよ〜〜」




 僕の部屋で、アッシュのために焼いたタイムのクッキーとハーブティーを出しながら三人で話した。



 ヴァンが僕に客と言うことで珍しがって内情を探りに顔を出すまでは、割と楽しくしていられたんだけどね。









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