枯巣の特務師団長



 僕は、自分がヴァンの信用を得ているとはまったくもって思っていない。
 ヴァンは何とか、僕を取り込もうとしているようだけど、それももちろん叶っていない。

 だからこそ、僕たちが取る食事に薬を混入する真似までしたんだろう。
 でもまあ、僕は僕の都合で結構ヴァンのいいように使われているんだけどね。
 傍から見ればヴァンの部下、かな。隠れ蓑としては都合がいい。

 僕たち、まあこの場合は特殊な立場に立つ僕やキリエだけであり、全てのSeedを指す言葉ではない。
 とにかく僕達は、洗脳もマインドコントロールも並大抵のことで受け付けるような精神構造はしていない。
 力を持った時から、特にそういうことの無い様に気をつけて、そういうものにかかりにくいように精神を変えてきた。
 よっぽど薬を使っても、だ。

 ふつうにSeedを目指すものたちのカリキュラムにもそういう物への耐性を身につけるものが組み込まれているから、一般人よりは随分効きにくいだろう。
 けど、僕たちはそれと比べてもなおさら他者の手を受け入れない。

 たとえGFをジャンクションし使役する副作用を抑えるためのバングルを破壊されても、GFのジャンクション自体は残る。
 GFの力によって体に害となる物質は無効化されるので、記憶を差し出しながらも、薬物によるコントロールも受けない。

 何度もいうけど、だからと言って気持ちのいいものじゃない。

 僕達がこの薬物混入に気が付いているとは、恐らくヴァンは思っていないだろう。
 気が付いてなお入れているなら、それこそかける言葉もない。
 まあそのうちに効果が現れないことを不審に思うかもしれないけど。
 今更言ってやる気もない。
 それに、アッシュの好き嫌い克服のためにも、これからはキッチンで手作り料理だ。
 アッシュ、他の同年代の人間に比べて多少背が低いことをコンプレックスにしているようだったから。
 成長期はこれからだし、シュザンヌ夫人はともかくとして父であるクリムゾンはなかなか体躯のいい人だった。
 見込みはあるさ。





 至極、そう、それはもうとてもとてもざんねんで悲しいことに、アッシュはその目立つ外見と年齢のせいで、ダアトの内部とはいえそう自由に動き回ることは出来ない。
 人の多いところ、巡礼者の多いところは特に。
 ヴァンはそのようにしたがっていたし、それは僕にしたって同じことだった。
 同じ年齢、同じ体躯のルーク・フォン・ファブレは、すでにバチカルのファブレ邸にいるのだ。
 いるからこそ探し出そうとはしないだろうと思ったけど、僕はもうすっかり拗ねていて、ヴァンの野郎も嫌いだけど、アッシュの父親も嫌いだった。

 僕が孤児だったせいもあるんだろうけど、預言なんてものに振り回されて子供を殺す親なんかどうして好きになれるのさ!!
 きっとスコールだってセフィだってそう言うし、ゼルもキリエもそう思うと思う。

 ゼルは自分がもらわれっ子だってことを知ってから、なおさら家族に愛情を注ぐようになったし、キリエは子供を産んでから理想の母親になれないことに苦悩しながら、それでも愛情を持って子供に接してきた。
 セフィは僕の最愛の人だし、スコールはリノアと出会ってから人とのつながりに対して真剣に取り組むようになった。
 もし我が子が預言なんてものに取り殺されるなら、それを詠む神を殺してでも我が子を守ろうとするだろう。

 昔、キリエが芝居じみて言っていた言葉がある。









『我等運命の反逆児、あらゆる定めに牙を剥く』









 示された絶対の未来、それを運命とか宿命とか呼ぶのなら、それを切り崩そうとしている僕たちはまさしく運命の反逆児なんだろう。

『自分達がそうだからと言って他人にまでそれを強制する権利は無いけど、それとこれとは別問題。分っていてもムカつく』

 らしいしね。
 今僕は、その意見に大きく賛同できるよ。
 僕も今、他人に強制する権利は無い、とか思っていてもファブレ公爵にムカついてるから。
 人に対する関わりに権利とか義務とか言っていたら何にも出来ない、と知ってからは、いっそ傲慢なほどの係わり合いを持つことも少なくなかったけどね。

 レプリカとして生まれたルークがバチカルの屋敷につれられてから、アッシュの父クリムゾンは、記憶がなく、赤子同然、と言われる我が子に、安堵すら抱いているようだった。
 その養育を使用人に任せ、もともと無い物だけど、あのバチカルの屋敷の中ではあると言われている我が子の十年を取り戻す気も、新しく築き直す気もない。
 どうせ失うのだから、与える全ては無駄なのだと、そういう態度がやすやすと見えて、事情を知るこっちとしてはルークも攫ってしまおうかと思ってしまう。

 あの子供の育成が心配だ。
 命を保つことは出来るだろう。
 それはもう万全を尽くして、バチカルはあの子供を生かそうとする。
 けど、あの屋敷には、あの子供を叱れる大人が居ない。

 母親が記憶喪失を憐れに思ってルークに甘い事は見てきたし、父親はそもそも子供を見ていない。
 そして、多分またルークの側に置かれるだろう金髪の使用人は、多少年上でも使用人の立場じゃ身分差のせいで子供を叱ってやることができない。
 そもそも復讐者だし。

 二兎を追うもの一兎も得ず、という。
 今僕が全力をかけて守るべきはアッシュ。
 僕は戦いにおいては強いけど、ただそれだけだ。
 二兎を追って両方を失うなら――アッシュを選ぶ。



 それだけはもう、決まっていた。











 僕のアッシュ教育計画は、好き嫌いの改善に留まるものではない。

 アッシュがまず求めた力として、戦う力があった。
 武力と言う奴だ。
 一般兵は槍を扱うことが多いんだけど、王族ならやっぱり剣だよなぁって思う僕。
 それに、実際アッシュには剣が合っているようだった。
 僕が教えるのは論外として、ダアト内部にも剣の使い手がいないわけじゃなった。
 けど、やっぱりヴァン以上の剣の使い手、というのは存在していなかった。
 そしてまた、ダアトには彼以上にアッシュに合った剣の使い手は居なかった。
 繊細な剣は似合わない。
 スコールが居ればそれこそガンブレードでも教えたいくらいの人間だ。

 で、仕方なく常に監視しながらヴァンにアッシュの剣の師とさせている。  体系化されたそのアルバート流とか言う剣技は、体術も交えていて酷く実践的だった。
 少なくとも見ている限りは、上辺だけの稚技を教えるわけではない。
 まだアッシュの信頼と羨望を受けることを諦めていないのだろう。
 むしろこの期をチャンスと思っているはずだ。

 やたらなことを吹き込まれないように僕が見ているわけだ。

 好きに様子は伺うといいよ。
 僕はあんたに隙を見せない。
 あんたが僕を縛るために与えた特務師団だって、日々僕が鍛えなおしている。
 Seed流にね。

 内密で、いつかヴァンの元をはなれて僕のために動く私兵に作り直している。

 屈強で強靭な兵士達だ。





 アッシュは、ヴァンと修行したあとには必ず僕に勝負を挑んでくる。
 剣の師はヴァンでも、強さの基準は僕らしい。
 僕は銃使いだけど、当分は、いやまだまだアッシュには負けないよ?

 でもさ、ガーデンでガーデン生に向かって教鞭をとっている時も思ったけど、人が育つのを見るのって楽しい。
 特に勤勉な子供が努力に見合って育っていくのは。












「さあ、どうする? もういっかいやるかい?」

 二人しか居ない修練場で僕がそう尋ねれば、返事はなく、ただ荒い呼吸のみが繰り返される。
 やがて力なく床に投げ出されていたもう一人の四肢にぐぐっと力が入って、起き上がる。
 鮮血ともルビーとも、ワインとも言われる赤い髪が汗で顔に張り付いている。
 そんな状態になってもまだまだ闘志を失わない翡翠の瞳がこのましい。

「まだ……まだ……だ」

 ふら、とよろめいたと思った足は次の瞬間には踏み込みになり、木刀を上段に構え振り下ろしてくる。
 そこを僕ははついっとこの長い足を出し、引っ掛けて転ばせた。
 疲労に力の入らない手から木刀がすっぽ抜け、修練場の壁に当たる。
 倒れたアッシュは起き上がってこなかった。

 僕は投げ出された木刀を回収してアッシュの頭の前に立った。
 空間に響くアッシュの呼吸音。
 必死に落ち着かせようとしているのだろう。
 うつぶせに倒れていたのがぐるりと寝返りを打ち、翡翠の瞳が僕を見た。

「良くやったねアッシュ。今日も上出来だ。毎日ちゃんと少しずつ成長している。成果が見えるのは、うれしいね〜」

 そういえば、本人無自覚なのだろう、僅かに表情をほころばせる。
 バチカルの屋敷にいたときからだった。
 かれは将来自分が背負うものを見据えていたし、将来そうであれと言われていた。
 貴族、いや、王族。
 王そのもの。

 骨の髄の髄まで染み渡っていた貴族思想は、正直な話僕には理解しかねるものだったけど。
 そんな僕と彼とがぶつかり合えば、どちらの思想にも影響を与えないわけがない。
 しかもアッシュ、一度決めた事は覆さないけど、どうしようもないほどの頑固者じゃない。
 こっちに理があると認めれば、それを受け入れる事もできる。

 大人びていると言うには可愛くない子供だったし、子供らしくなく感情を押し隠す癖の付いている子供だった。
 それでも時々、こうやって笑う。
 この表情を、世界なんかに殺させやしない。





 そのためなら、僕は何だってやるだろう。









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