夕餉のニンジン



 一騎打ち二百人抜きの翌日には、僕には五十人の師団員が与えられていた。
 師団の規模としては恐ろしく小さい。
 特務師団、らしいね。

 でも、それが僕に付けられた本当の目的は、僕の監視だろう。
 下になるものをつけることで、僕の行動をある適度縛ろうとしているんだとおもう。
 誰の権力の下にもいない独自の地位を、と言った。
 だから僕はヴァンの元にいて、上からの権力に対しては彼が隠れ蓑になる。
 けど、誰かを下につけるな、とは言わなかったからそこに漬け込んできたんだろう。

 確かに、いつものように神出鬼没と言うわけにはいかなくなった。
 部下がいるんだから、上司はいつでも連絡が取れなくちゃならない。
 ま、ある程度はね。

 真実の問題は、与えられた師団の人員がとんでもないって事ぐらいかな。
 柄が悪い、怠け者なんて序の口序の口。
 扱いにくい者たちをあっちこっちから引き抜いてきて押し付けましたって感じがありありとわかる。
 きちんと教育してからじゃないとおっかなくて目も放せないと言うのが実情だよ〜。

 でも、まあ通り一遍等の人間より、ちゃんと持ち直す事さえできれば、彼らのような人間の方が役に立つ。
 確実に。
 特にこういった世界では。
 生きるために神託の盾騎士団に所属しているだけで、預言を妄信している比率も割合低い。
 逆に言えば妄信しすぎて使えないのも居るけど。

 しかもこの前の二百人抜きで妙に人気を取っちゃったらしくて、任務も鍛錬も無い時には僕に稽古を付けてくれといってくるものが多数いた。
 他の師団から。
 同程度、とは言わないまでも、多少の反発もよく観察すれば目に付いた。
 けどまあ、数の脅威の前では少数派となってしまった彼らは声を大にして僕を非難することも出来ずに居る。
 実力に訴えようにも勝てる見込みもないからね。
 そうして僕は、師団の幅を超えて遊ばれているわけだ。面白い新人が居るってね

 ヴァンに言うよりは僕のほうが新人だし、仲間にもよく言われたけど、優男で軽薄そう……自分で言っていて虚しくなるからこれやはめ。
 優男で声を掛けやすそうなんだろう。
 面倒ごとは嫌いなんだけど。

 僕はその行動のほとんどにアッシュを伴っている。
 まだ呼ばれるような階級も無いアッシュだけど、数日もすれば僕の部下の認識になっていた。
 あるいは自分で育て上げる片腕、かな。





 でも本当にお稚児さん認定されなくて良かったよ!!





 僕の師団員からは案の定、低俗にそういう言い方をするのも居たけど、きちんとみんなの前でそういう事を言うとどうなるのか体に教えてあげたし。

 女誑しの顔してる、って良くセフィにも言われていた。
 セフィにそういわれるたびに僕のチキンハートは傷ついていたんだけど、今ならそれでも構わない。

 僕は女性が大好きだ!!

 そしてセフィのことが世界で一番大好きだよ!!

 ……聞こえていたらテレながら一発は殴られるね。


 セフィーのボディブローって効くんだよねぇ。さすが、あの巨大なヌンチャクを振りまわしている腕、って感じだ。
 あんなに細くて小さいことが信じられないよ。

 でも今は、セフィに笑われないためにも、僕が誓った聖なる灰をちゃんと人間に育てなくちゃね。
 人は人として生まれたから人になるのではない。
 人として育つから人になるんだって。

 僕たちは孤児だったし、育ててくれたのは魔女だった。
 けど魔女は僕たちを人間として育ててくれて、ガーデンで花開いた。
 運命の反逆児として。

 そんな人間が、預言というものに噛み付かないわけが無い。
 ただ、探し物をして通り過ぎるだけの世界じゃなくなってしまったから。



 そのアッシュ教育計画の一環として、僕は好き嫌いを克服させようと料理を計画していたんだ。
 屋敷にいたときも、矜持にかけてか両親の前では食べていたけど、好き嫌いが多いのは見て取れた。
 子供が食べ物を嫌いになるのには、初めて食べたときの印象が大きく関わっているって聞いたことがある。
 例えば癖の強い食べ物、食べた後気持ち悪くなった食べ物、苦かったり、すっぱかったりも子供は苦手らしい。

 でも、それも目の前でおいしそうに食べている人を見ていると、触発されて口に含んでみるようになり、平気だったりまた駄目だったりしながら一つずつ好き嫌いを克服していくんだそうだ。
 僕だって、好きじゃない食べ物でも目の前でセフィがおいしそうに食べていたら、一口食べてみたいなって思うもん。
 そのたびにああ、やっぱり嫌いだったなぁっておもって、でもまた繰り返しちゃうんだよね。

 とりあえず、最初に克服させるのは人参かなぁって、思っていたんだ。
 ダアトの内部を、幽霊だって噂を立てられながら歩いていたころには、さすがにそこまで口出しできなかったしね。
 けどさ、僕は一昨日アッシュに会ってヴァンが会いたがっているって聞いて、昨日ヴァンに言われて二百人抜きをした。
 今日になって師団とキッチン付きの部屋を与えられて、そこにはなんと第四音素を利用したと言う小さな保冷庫まで付いていた。
 けど。






 中身が無いんだよね。






 アッシュには毒無効の念具を渡してある。
 だから、毒物を盛られても別にたいしたことではないんだけど、気分のいいものじゃない。
 食堂の食事じゃ克服されないだろう人参嫌い克服のためにも是非腕を振るおうと思っていたのに。

「アッシュの身長のためにも腕を振るおうと思っていたけど、今日はもう買い物は無理かな〜」
「……そうだな。もうこの時間じゃやっているのは酒場くらいか」

 軽い突っ込みぐらいはいるかと思っていたんだけど――沈黙の時間が反応と言えば反応かな。年頃の割りに低めの身長はちょっとしたコンプレックスみたいだし。
 これから伸びるさ、気にしない。

 問題は。

 この時間じゃ買い物にもいけない。
 けど、今日も鍛錬に勉学にと体も頭も使いまくったアッシュは恐らくかなりの空腹を感じているだろう。
 それに、今空腹を感じていなくても恐らくそれは疲労による麻痺に近い。
 食べるものを食べなければ、疲労も取れないし、疲労を翌日に残せば怪我につながる。
 いいことなんて一つも無い。

「仕方が無いね。今日は……食堂に行こうか。どんな食べ物でも空腹で居るよりはマシだよ」
「そうだな」

 アッシュの承諾も得て、僕らは食堂に向かった。






 食堂には、この時間でもちらほらと人が居た。
 普通の夕食の時間からは二時間ほどずれている。
 普段なら食べないことも選択肢に入れる時間だけど、今は疲れ果てたアッシュが居る。
 使って傷付いた筋肉が最も効率よく補修されるのは夜、睡眠中だ。
 けど傷付いた筋肉を補修するのにも材料が必要で、それは経口で摂取しなければならない。

 なんだけど……。

「……うーん、毎回思うけど、バランス、わるいよね〜」

 アッシュはゴロゴロと入っているざく切りの人参を睨めている。
 根菜は保存性がいいから、ジャガイモ人参は食堂の料理のほとんどのものに入っていた。

 しかも、神託の盾騎士団食堂の食事の料理は、質より量!!
 といった感じかな〜。
 まあ、毎日鍛錬に軍事演習、重たい鎧を引きずって汗みずくでいる兵士達の食事が主なんだから、何よりもカロリーを必要としているのは分る。
 けど、僕のような人間やアッシュにとっては、エネルギー重視の油をたっぷり使ったこってりした料理は正直な話したまらない。
 胃に来るね。
 食欲もそそらないし。

 僕はもうそれほどカロリーを必要としていないし、アッシュにいたっては成長期にバランスのいい食事を!! てところかな。
 少なくともカロリーよりはたんぱく質の方が必要だ。

 カルシウムとビタミン、ミネラル、微量元素。
 エンゲーブからの長距離貿易で運ばれてくるから生鮮品もあまり鮮度がいいとは言えないんだけど。

 それに、さ。やっぱり。

「毒物混入のご飯なんて、害は無くても気持ちよく食べる気にはなれないよね〜」
「やはりこれにも入っているのか」
「種類は分らないけどね。思考能力を落とす薬でも入っているんじゃない? 指示したのがヴァンなら、直接的に命を奪う薬じゃないと思うけどさ」
「そうか」

 これだけの住人がいる食堂で、良く僕たちだけにピンポイントで毒を盛るよなぁって、無駄な関心をしてしまったんだけど。





 翌日になって、とりあえずダアトの第一自治区まで買い物にいった。
 利潤の追求は少ないとしても、それでもやっぱりコストが掛かるからそれなりに物価は高い。
 まあ、自給自足している人たちには関係ない話かもしれないけどね。

 教団の食堂を通して食材を手に入れるっていう手段もあるけど、お金があるなら買い物くらいはしたいし。





 保冷庫に買ってきた食品を入れながらかがみこんで、立ち上がるときに裾をふんずけてつんのめりかける。

 慣れない教団の制服。
 裾が長いのはロングコートといっしょだろ?
 ってアッシュには言われたけど、違うんだよ。
 だってほら、一応留めてあるけど、コートと違って脇が分離している。
 ある程度以上の位階を持つ男性用の教団服。

 すっごい、扱いにくい。

 慣れるまではこんな事を繰り返すんだろうな〜、と思うと、僕はげっそりと息をついた。









戻る
TOP