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トリッキー・ダイス
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どんなによく出来た子供でも、やはり子供は子供だ。 生まれたときから路地裏サバイバル、って言うならともかくとしてさ、十歳で突然拉致監禁。 薬物漬けに人体実験に思考操作。 どんなによく出来た人間でも、まともで居られるはずはない。 どんなにモノの道理を判っていても、人間なんだから。 まして子供なんだから。 感情の矛先を間違えちゃいけない。 憎むべきはレプリカではなく、ヴァンデスデルカ。 攫われた当初ならわかっていただろう。 僕の焔は賢い子供だ。 聡い子供だ。 そしてその子供に色々と教えたのはこの僕だ。 子供だからと言って隠すような事はしなかった。 秘預言についてはまだ情報が足りなかったから教えなかったけど、聞かれたことには忌憚なく応えたし、それ以上に教え込んだ。 自覚薄く孤独を抱える子供だった。 心をもてあましていた。 だから僕は教えた。何が孤独なのかを。 理解すれば折り合いが付けられる。 すぐには無理でも、いずれは、知らないよりも多くの選択肢が生まれる。 知ってしまったからあきらめる事も世の中にはあるけど、知る事は確かに力になるから。 あの子は多くを知っている。 大人たちの話も、その意味も。 けどやっぱり子供なんだ。 薄暗い室内で、接触する人間を限られて、苦痛と恥辱にさらされて。 ――思考を奪われて、甘い言葉を囁かれて。 子供じゃなくてもどうにかなっちゃうよ。 もし僕が、あの時ファブレの屋敷で、赤ん坊のようなレプリカの成長を見守ろう、とか思っていたら一体どうなっていただろうかって。 思うとぞっとする。 執務室に隠してあった高級ワインをちょろまかしたり、コーヒーシュガーを塩に入れ替えたり、靴の中に画鋲を入れたり、糸を引く豆腐で作られたマーボー豆腐を出したり。 厨房にひっそりと忍び込んで入れ替えれば案外簡単に出来た。 ヴァンの食べる料理は、執務室に運ばれる事が多い性質上結構簡単に個人を特定して攻撃できた。 憎憎しいけど、まだ利用すると決めたからには排除する事もできなくてとりあえず、日々小さな事からヴァンに復讐を始めていた頃、僕にヴァンが与えた階位は響士だった。 聞きなれない響きは多少混乱したけど、それの示す位置はなんとなく理解できた。 上でもなく下でもなく。 異能を使うことをヴァンは知っているけど、他の人間は知らないわけだし、譜術も中級を二つか三つかじったくらいで、第七音素は使えない。 第七音素も取り込んではいるんだとおもう。 初級譜術のファーストエイドを唱えてみれば、体内で何かが反応したのがわかるんだけど、発動はしない。 きっと量が足りないんだろう。 でも、異能なんて使わなくても武力があることは、純粋に示した。 ヴァンの手によって僕の入団に模擬戦が組まれたからだ。 神託の盾騎士団の兵士達と。 僕は譜銃を持ち出さずに、神託の盾騎士団に供与された剣で戦った。 キリエの二刀流をまねてみようかと思っていたけど、それにはちょっと長かったから素直にガーデンで習ったソードの扱い方に倣った。 僕は基礎を習得しただけだからちょっとばかり何処までやれるのか心配だったけど。 一人抜いて、二人抜いて、三人抜くのに十五秒。 だんだんと高揚する兵士達。 それを僕は次々と抜いていく。 手加減するのに疲れるほうだったけど、だんだんと高度な技を持つ人間が増えてきて、そうなって初めて僕は技巧を凝らす意味を見つけた。 騒がしくなる周囲、厳しい眼差しをするヴァン。 アッシュの表情も高揚していて、いいとこ見せたい気分になる。 一対一でやっていたのが、そのうち一体二になって、そのうち相手が三に成り、一体多数の様相を示してきた。 僕もそのうちに剣だけじゃなくて手も足も使い始めた。 僕は剣聖でもなければ剣豪でもないんだ。 一本の剣で相手に出来る数なんてたかが知れてる。 本気で戦うならともかく、今は手加減が必要だ。 オーラも練らず、GFのジャンクションも属性と状態変化以外を最低限に抑えて力を制御する。 その動きはボクには酷くノロく感じられて苛立つほどだった。 でも、体術はゼル直伝だからね。 剣だって極めては居ないけど、並みの使い手――そこらの兵士などよりはよっぽど使える。 まあそれで、結局何かと言うと、やりすぎたんだ。 模擬戦の相手に連れ出されたヴァン所属の師団の、もう二百人は抜いたとおもう。 力や俊敏はセーブしても、体力や持久力まで抑える必要はないからね。 それこそ何時何時何があるか判らないんだしね〜。 実力を隠すための中途半端な手加減で二人は潰しちゃったし。 まあ再起はなるけどさ。 ここには第七音素による治療術と言う便利なものがあるし。 僕も人の事いえないけど。 で、師団の二百人抜きをした挙句お祭り騒ぎ。 誰が僕を倒すかっていつの間にか他の部隊にも話が広がって挑戦者がぞっくぞく。 もう嫌だね、ってそう思った頃総大将にヴァンが出てきたんだ。 二百人抜きはともかく、ヴァンが出てきた時点でさっきとは違う意味でやる気をなくしたね、僕は。 それでやりすぎだった、って思ったんだから。 「ふふ、貴殿とこうして剣を合わせることになるとはな」 「……なんでそんなに楽しそうなのかなぁ」 「二百人抜きだ。これほどの快挙は久しくない。これが楽しく無くて一体何を楽しめと言うのだ」 「うわぁ、やだやだ」 ねえセフィ。なんだか粘着質そうじゃん? 「もういいからさ、さっさとはじめてとっとと終わらせてよね。僕はこれからアッシュに夕飯を作るんだからさ」 「ふん、たいした入れ込みようだ。……では、いくぞ」 答える気力も無かったんだ。 僕は三合で自分の剣を飛ばして、そして勝負はおしまいになった。 賽は振られたというところかかな。 可笑しな腹の探りあいの始まりだ。 僕手作りの夕食を食べながら、テーブルの前に座るアッシュが言う。 「何で、最後負けたんだ」 「政治的駆け引きだね。ヴァンを負かすのは都合が悪かった。それだけだよ」 ぶすっと、シチューをすするアッシュ。 食べないわけではないけど、人参と言うだけで引いている彼は、それでも最近は三秒睨みつければ口にする。 もぐもぐと、二回だけ噛んですぐに飲み込む。 ガーデンの食堂で見たピーマンを丸呑みする学生に似ているなって思った。 「……もう負けるな」 変わらぬ速さでシチューをつつきながら、ぽそりと小さな声で呟く。 聞こえていないつもり、だったかな。 それくらい小さな声だったけど、あいにく僕の耳はとてもいいんだ。 「当たり前さ。アッシュが言うなら、僕はもう負けないよ」 うつむいた顔の、耳までが真っ赤になっていた。 「ちっ、俺はあんな細身じゃ三人も抜けないと思ったぜ」 「へへ、で、俺の勝ちだな。十五人以上って言ったのは俺だけだったしな」 「掛け金総取りかよ」 「まあそういうなって」 そんな会話を聞いたのは、あの模擬戦の翌日、神託の盾騎士団の制服と共に、独自の権限を持つ五十人規模の特務師団を与えられた日のことだった。 教団の規律って、どうなってるのさ? |