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水に浮いた零日
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「魔女とガーデンの名にかけて、君に誓うよ。きっと僕はかってな行動をするだろうけど、この心が地上にある限り、最後まで君の味方であることを」 俺に誓いを残したあの男も、結局はあのレプリカのところにいるのかと。 そう思ったある日。 「やあ、随分さがしたよ」 寝室として与えられた部屋の扉を開けば、いるはずのない男がそこにいた。 それは、俺がヴァンに連れられてダアトに来てから一年ほどのある日。 その人間にだけはいいところを見せていたいのだと張った意地をあざ笑うかのように自分がいなくなってしまってから一年。 信じていた人間に攫われて、反論を理詰めで封じられて自分のレプリカを見せつけられた。 多少髪の色が薄くなっていたりはしたが、それでも憎らしいほど自分にそっくりな模造品。 それが自分の代わりにバチカルに行くのだと、そうヴァンに言われて。 自分の中に負の感情が渦巻く。 僅かに光が入るだけの部屋に監禁されて、アグゼリュスで自分が死ぬと言う秘預言を聞かされて、父上も叔父上もいつか自分を繁栄のための生贄に差し出すために飼い殺しにしているのだとそう聞かされて、混乱した。 悔しくて、悲しくて、憎らしくて。それでも、国のためなら、と思う自分もいたはずなのに。 「私はおまえを死なせたくない」とそう言ったヴァンの言葉が耳から離れない。 赤い髪の、ルークと言う子供であるなら、誰でもいいのだと、知ってしまった。 俺の変わりに生まれたレプリカ。 俺の陽だまりを奪ったレプリカ。 俺の代わりに死ぬレプリカ。 ナタリアの隣にいるレプリカ。 母上に心配されるレプリカ。 そして、あいつと一緒にいる、レプリカ。 誓いさえあいつに、レプリカに奪われてしまうのかと。 こうしているときにも一秒ごとに俺だったルークはあいつに塗り替えられて、俺もここでアッシュと言う存在に塗り替えられていく。 聖なる焔の燃え滓。 ルーク・フォン・ファブレは俺だ!! 叫んでも、聞く人間がいなければ意味はない。 だんだんと思考が閉ざされていくのは感じていた。 俺にはヴァンの言葉しか与えられず、後はひたすら考えることしかやることはない。 そんな中でレプリカに対する怒りや憎しみは自分を立たせるための柱になっていった。 そうして憎しみを募らせていく一方で、本当は理解してしまっていた。 そもそも俺に、奪われるものなんて何もないのだと。 追いかけて、すがりたいのに何をしても振り向いてはくれない父上。 病弱ですぐに寝込む母上が俺に掛ける言葉は庭の花や毎朝寝室の窓辺にやってくる小鳥に注ぐものと変わらない。 特別に思っていた使用人は復讐者で、何時でも俺の命を狙っている。 バチカルでもベルケントでも、屋敷を出て白い服を着た人間達の集まるところにやられれば、ざわめきが聞こえる。 俺の事を、人の皮をかぶった化け物だと呼ぶ声が。 どうやって戦争に使おうか、どんな研究成果が得られるか。 上も黙認しているから、やりがいがある。 そんな声が。 ヴァンなんかに言われる前に、知っていた。 知らない事はあいつが教えた。 アーヴァイン・キニアス。 俺が子供だからと侮りはせず、忌憚なく意見を言った。 そういうところでは子ども扱いしないのに、いつでも頭を撫でたがるし、妙に過保護だし、行動でしっかりと俺を子ども扱いする人間なんて言うのも、あいつが初めてだった。 使用人だというのに敬語も使わない。 奴が居たから、俺は俺を攫ったヴァンが思う以上に本当は色々と知っていた。 ヴァンの奴が、ガイを主家とする家のものだということも。 今でも影では主と呼び、けれどその意思が完全に重なっていない事も知っていた。 ヴァンの野郎にはわからなかっただろう。 あるいはアーヴァインなら、理解してくれたかもしれない。 初めに俺がレプリカを見た時、俺がどんな気持ちになったかを。 人の胎を経て生まれながら、人ではないといわれ続けた俺と、真実人に造られた人の姿をした人ではないあいつ。 ああ、やっと俺は世界に二人になれたのだ、と。 監禁はほぼ一年にも及んだ。 それを知ったのも外の世界に出てからだった。 たびたび行なわれる尚過酷な実験に気を失ったまま日を過ごすことも多くあり、俺は日にちの感覚や時間の感覚をだんだんと喪失していった。 その中で時間を見つけてはやってくるヴァンの言葉が俺の中身を侵食する。 痛みと焦燥の中でぼんやりとした意識の中に、憎めと囁く声がする。 低い声が排除と共感を促す。 力で以って預言を排除し、そして預言のない世界を共に作ろうと。 囁く。 やってくるのはヴァンのみ。 食事もドアの下から差し出されるだけ。 ヴァンは来るたびに囁く。 レプリカについて、世界について、奴に都合のいい事だけを。 おまえと同じレプリカが―― 同じ? 馬鹿な。 完全同位体のおまえの代わりが―― 代わり? なれるはずがない。 だってそいつは、以前のルーク様とは変わられてしまった、と言われているんだろう? 世話役にはガイ・セシルがついたと―― ガイはおまえの主だろう? おまえから奪い取った陽だまりでぬくぬくと―― あれを陽だまりと呼ぶのなら、それを俺から奪ったのはおまえのはずだ。 言葉にはしない。 逃げ道はとっくに模索した。 逃げられないこの状況で、主犯の精神を逆なでするのは得策ではない。 けれど、ああ、もう。限界だ。 心を支える暖かな思い出が風化していく。 囁かれる言葉とこの部屋の闇と淀んだ空気に上書きされていく。 いつか感じた歓喜も――この部屋の空気のように淀んでもう、思い出せない。 判っている。本当の事など。 けれどああ、憎んでもいいなら、憎めというなら―― そして唐突に、久方ぶりに出された外の世界で、俺はあいつに再びあった。 以前、実験の途中に気絶したとき、一度だけ見た、あれは幻だと思っていた。 誓いはまだ、俺のものだった。 世界を敵に回しても俺の味方であると誓った男。 俺の陽だまりだった。 ただそれだけで、完全にとは言わないが、俺の中で凝りつつあったレプリカへの憎しみが、確かに解けていった。 憎めといった、愚かなヴァン。 奴は俺の真実など何一つ知りはしない。 たとえそれが人造の命でも、命は生まれる場所を選べない。 そんな当たり前のこと、とっくの昔に知っている。 おまえは俺がそれを知っている事すら知らないだろう。 そして俺が、その命の誕生を喜んだことも。 箱庭の陽だまりなど、擦り傷一つで大騒ぎする鳥かごなど、預言の時まで完全な庇護を与えるだけの場所など、どうでも良かった。 ナタリアは大切だ。 ガイの事も、あの屋敷のかなで俺にとって特別だった。 たとえ、復讐者だとしても。 捨てるわけじゃない。 ガイのほうには、むしろ嫌われているかもしれないが―― ナタリアと交わした約束だって、別にあの場所に居なくてもできることだ。 死ぬまで、と言う約束は反故することになるのかもしれないが――ルークとの約束だ。 俺は、アッシュだからな。 詭弁のにおいがするが――忘れよう。 玉座と貴族だけが国を動かせるわけじゃない。 全ての人々を平等に、と思いながらも自覚もなく下層に見ていた人々の中からであるからこそ、良い方向に変えていけることもあるのだと、アーヴァインはよく俺に話して聞かせた。 地名がいまひとつわからなかったが、具体的な実例を伴う話は大変参考になった。 ただひとつ、俺は俺の陽だまりに――尊敬と畏怖と、俺を誰よりもしっかり子ども扱いして鳥籠が与えるものとは違う庇護で包んでくれるあの眼差しが、そのままレプリカに注がれるようになるのかと思うと―― レプリカに嫉妬していたのだと気がついて。 それすら見失って憎しみに変えようとしていた自分に、俺は今でも赤面することがある。 生涯、いい思い出だとはきっと、いえないだろうがな。 あの時あいつが現れて、俺は久しぶりに空を見た。 肌で風を感じて、大地を踏みしめる実感を得て、やっと自分の存在を獲得したような、そんな気がしたんだ。 あとがき 監禁は、多分本編より過激だと思う。 だって、アッシュの心はヴァンの上にはなかったから。 自分を見ない父と、病弱な母。 なんか良くわからない家庭環境の中で、ヴァンより先に見つけた父性が、多分アーヴァイン。 彼は物知りゼルには及ばなくとも勤勉で物知りですから。 ガルバディアガーデンに居たころはそんな自分を見せないようにしていたけど、今はそんなこともなく、軽い言動とは裏腹に言葉に重みがある、はずです。 長生きしているし、それだけじゃなくて、生きる目的を持っています。 生まれた意味ではなくて。 ふざけた言動はするけど、尊敬する大人、ってやつだった。 何を聞いても大体応えてくれるし、白光騎士団全員を相手にしてもすり傷一つ負わないし、見上げる、追いかけるには丁度いい対象だった。 実際セフィとの間には何子か子供も居る設定ですから、子供の扱いにも長けている、と。 そんな者に、ヴァンより先に会っている。 ヴァンもバチカルに居る間から、信用ではなく信頼を寄せさせるのには苦労したと思う。 ていうか、アッシュ君、グダグダですね〜、思考回路が。 |