陽だまり



 男は、そのことに関してはとても用意周到だった。

 僕が誓った焔を攫ったのがその男、ヴァン・グランツと言う偽名を名乗る男だと言うことを知るのに三ヶ月かかった。
 誘拐の実行犯らしきものたちの下に辿り着いたこともあったけど、とっくの昔に口封じされていて、それから三ヶ月。
 いや、僕が探し始めてから三ヶ月だ。

 その前に二月は行方不明だった時期があるし、一月に足りない程度には新しくファブレ邸にやってきた子供のことを観察していた。

 実質半年近い。

 ガーデンのネットワークが使えれば、行方不明になっていた二ヶ月の間にはすでに見つけていたと言う自負があるだけに、悔やまれた。

 もともと極秘に行われていたこと。それが隠されて半年。
 何も知らない人々は日常の中で彼等の痕跡を消していく。

 大きな秘密をもつ身だというのに、一人になることのない男だった。
 多くの人の眼差しを集めて、ダアト、ローレライ教団の中を歩いていた。
 遠征に出ることもあった。
 そうなれば、執務室には入れても、遠征先では尚の事あの男の回りには人がいた。
 一人になったかと思えば、すぐに誰かがその男を慕って現れる。

 暗示をかけて、情報を聞き出す暇もない。

 今の僕には及ばないけど、それなりに実力者だと言うことも災いしていた。



 誘拐犯の正体を知って、僕はダアトの内部を探り始めた。
 不審に思われないように、ローレライ教団の制服も着た。
 所属したわけじゃなくて、ちゃっかり勝手に着込んでいただけだけど。

 教団の制服を着て絶をすれば、たいてい誰にも不審に思われることはない。
 とくに一般兵の服装はフルフェイスメット。
 バケツとかナベとかいわれるタイプの完全に顔を隠すものだ。

 観察して、敬礼の仕方とか、教団兵士の特色とかを掴んでから、汗のにおいが気になったけど、それを被ってしまえばある程度のところは絶をしなくても歩き回れた。
 とくに敬礼に関しては昔手痛い失敗をしていたから慎重になったよ。
 とにかく騒ぎを起こすわけにはいかなかったからね。

 どちらにしろ、元の世界に比べれば格段に潜入捜査がしやすい。
 絶をしても電子機器はごまかせないけど、ここにはそんなものはなかったから。
 けれど、厄介なのは人かな。
 敏感な人は本当に敏感なんだよね、気配に。
 それと譜術、譜陣、譜業と呼ばれる各種。
 特定の譜陣を経由しなければ辿り着けない部屋、特定の人物の音素を観測して開閉する扉の譜業、そんなのが僕の道行きを邪魔していた。

 僕の焔も、そういう仕掛けのどこか奥に監禁されているようだった。
 特定の、何か。
 あるいは特定の条件。
 そういうので起動する譜陣、その奥にある場所に。

 何に反応するのか、分らない。
 ヴァンと言う憎き誘拐犯が使っているときは特に苦労しているようではない風に見えるのだけど。

 血筋に反応する譜陣があると聞いたことがあったから、恐らく遺伝子情報に反応しているんじゃないかと思ってためしたこともある。
 けど、駄目だった。
 本人の特定音素に反応しているなら、模倣する術はない。

 なんだかラスボスの気配も感じる男だったから、さっさと始末してしまおうかとも思ったけど、もしかしたらその場合、僕の焔の隠されている部屋が分らずじまいで終わる可能性があった。

 僕も、多少の譜術は使えるし、譜陣、譜業に関しても、詳しくはないけど無知じゃない。
 それなりに学んでいる。
 けど、ヴァンがいなくなった後、解咒にどれだけかかるかと思えば、その手段もとれず。
 助けたい相手をヘタをしたら飢え死にと言う可能性はあまりにばかばかしい。



 今なら勝てる自身があったから、ちゃっちゃと捕まえて無理やり聞き出す、って言うのも思いつかなかったわけじゃない。
 けど、念を使った強制的な暗示と情報の聴取はスコールの専売特許だ。
 元手が必要ないってすばらしいね!

 次点でキリエの念具を使った催眠かな。
 これはキリエが居ないと、道具が無い。

 普通の催眠暗示は時間がかかるし。条件も必要だ
 専門の知識を齧って味見した程度の僕じゃどうしようもないし、暴力、つまり拷問によって聞き出すのは無理そうだと思う。
 痛みは人を屈服させる単純で効果の高い方法だけど、屈しない人はどんな事をされても屈しないものだ。

 騒ぎを起こしてあの子をもっと判らないところに移送されても困る。
 まあ、移送はある意味でチャンスでも有るけど、戦力が僕一人じゃ逃したら後が無い。
 僕はひたすら地道に聞き込みをして歩くしかない。

 ダアトの内部をうろうろしているうちに、いろいろなことが分った。

 例えば、ヴァンと言う男が出世頭だということ。
 ダアトの導師がこの間代替わりしたことは、特筆すべきことではないか。
 でも、その導師が結構な厭世主義者だと言うのは特筆してもいいかもしれない。
 一見穏やかに見える微笑みの下には何が隠されているのか分らない。

 実態は自分の死を預言に詠んでしまったと言う、憐れな子供か。

 事故死暗殺ならともかくとして、それが病死だと言うなら、ここにキリエがいれば生命と引き換えに懐柔できたかもしれない。
 避けられないとされる死を見た後で、生への希望を与えられれば、誰だってすがりつきたくなるだろう。
 ましてどんなに良く出来た子供で、厭世主義者だとしても。

 魔物に育てられた生命力あふれる子供を側付きにしたことからも、生命力、未来への憧れがあることはすぐに分った。
 けど、今僕の手元にある念具は外傷回復用のアルテナの傷薬と、ポケットに一箱だけ入れていたタブレットタイプの単純な損傷回復薬のみ。
 胃潰瘍なら治せても、その原因までは取り除けない。
 そんな微妙さだ。

 カード化を解けば、根本治療薬となる念具もあるけど僕の焔の様子がわからないからうかつには使用できない。


 そして、いまルークがアッシュと言う名前を与えられたこと。


 ふん、聖なる焔の燃え滓、ね。
 ふざけるなよ。
 あの男がその名を呼ぶときの嘲笑にも似た響きに、腹の底から感情がわきあがる。
 灰は終わりじゃないんだ。

 あの箱庭のことは嫌いだ。
 けど、あの子供があの箱庭を陽だまりとするなら、僕は何時だってあの子供をあの箱庭に帰すだろう。
 僕の焔も、作られたもう一人の焔も、決してアグゼリュスに食わせたりなんかさせない。



 あの子がいなくなってから、もうすぐ一年がたとうとするころに、僕はある施設を見つけた。

 特定の人間に反応する譜陣の先の施設も、その反応する人間が移動するときに同じ譜陣に乗っていれば移動できると知った。
 ヴァンデスデルカ以外なら、大体その方法で移動することに成功していた。
 それから僕の移動範囲は更に増えて、そして見つけたのだ。

 その施設を。



















 実験場だった。

 第七音素、超振動、フォミクリー。
 多分そういったもののどれかであり、全てだろう。
 もともと音素のない世界で生きてきて、今でこそ音素を取り込み、譜術として利用しているとはいえ、僕には生涯理解できないものかもしれない。

 絶をして、そこに進入したとき、それはちょうど最中だった。

 数人の兵士と、数人の研究者と、それと機材。
 そしてそれに繋がれている、僕の焔。

 超振動の実験は、多大な苦痛を伴うと、かつてこの子供はあの箱庭で僕に告げた。
 そして僕は、ベルケンドでこの焔がその実験に赴くのを見ている。
 その時の姿を僕に見られるのを厭って、この子は僕にベルケントには来るなと言ったのだと、すぐにわかった。

 これも、そうなのだろうか。
 ぐったりと青白く、苦痛に汗をにじませて気を失っている子供。



 僕は子供を引き寄せて、キリエ特性念具であるコートに包み込むとオーラを開放した。
 錬をし、増幅し、この施設の中に満たした。

 許す気など微塵もなかった。
 例え上からの命令に従っているだけだとしても。

 声もなく絶命していく研究者に、兵士達。
 ガーデンのSeedとして誓いを立てた相手に、こんなことをした人間をこんなにあっさり絶っているんだ。
 キリエよりはまだ慈悲深いと思うよ?

 次に僕は譜銃を抜いて、発射される弾にありったけのオーラを纏わせてこの研究施設を破壊した。
 一つのデータも残さないように。
 一つの機材も残さないように、徹底的に。



 







 全てを破壊して、コートに包んだ子供を膝に乗せて瓦礫の上に座った。

 青天井にたった一人の瓦礫の玉座。
 そんな言葉が浮かんで、渇いた笑いが出てくる。
 この子供は、瓦礫ではなくて、キムラスカで至尊とされる赤の玉座に座るはずだったのに。



 子どもにアナライズをかけて状態を見る。
 探索魔法が事細かに僕の焔の状態を僕に伝える。

 著しい体力低下、意思混濁。
 そして、体内から検出される多様の薬品――。




 ヴァンデスデルカ!!




 ……あんたはもう駄目だよ。
 あんたと同じ不幸を背負うことになる子供も、あんたにとってはただの道具なんだね。
 この子どもは、確かにあんたの憎む預言の基であるローレライの象徴だ。
 そしてホドを落とした超振動の単独での使い手だ。
 憎いだろうさ。

 けど。

 あんたが被害者だって言うなら、僕はなおさら許せないよ。
 薬漬けにされて痩せ衰えた身体。
 骨も、皮膚も、過剰に投与された薬でぼろぼろだ。
 薬を抜いても、どれだけ寿命を縮めたか分らない。

 何より致命的なのは、脳だ。

 薬を断った人間も、一度脳を侵されたが最後、死ぬまで幻覚や幻聴に悩まされることもある。
 脳の内泌物の過剰や異常によって、正常な体の働きを保てなくなることもある。
 骨密度の低下によって骨折しやすくなったり、成長期なら成長が止まってしまうこともある。

 あんたは何がしたいんだ。
 僕の焔のレプリカまで作って、連れ去った焔はぼろぼろだ。
 普通に立て直しをはかるなら、どれだけの時間と根気と、強い精神を必要とするんだろうか。

 アナライズの二重掛けに加えてオーラも乗せて、探査精度を上げる。
 GFを制約にする念だから、GFと魔法がそろっていれば僕ら念を知るSeedはみんなアナライズの探査精度を上げることは出来る。

 それを使って、子どものの履歴をもっと深く、細かく引き出した。

 僕が見失っていたここ一年の様子を詳しく知らなければならない。

 やっぱり。
 ヴァンの魔の手は僕の焔の精神にまで及んでいた。





 僕は君を許さない。





 ヴァンデスデルカ。

 ヴァンデスデルカ・ムスト・フェンデ。

 あんたの行動は、既に過去の不幸を言い訳に出来る範囲を超えている。




 コートのポケットからカードを取り出す。
 めくって二枚。
 薬の名前は違うけど、効果は似たようなものだ。

 内服か、外用かと言う程度のもの。

 キリエの作った念具だ。
 あらゆる損傷を治癒する、って言うものだけど、外用のほうが対象が服薬できない状態でも効果を発揮できるから念具としてのランクは高い。
 どっちも製作個数を限定することで価格を抑えて効果を上げる事に成功したものだって言っていた。

 内服……は無理かな。
 僕は外用の念具のカード化を解くとそれを細った焔に振りかけた。

 一見するとただの鱗粉のような粉だけど。
 艶を取り戻していく肌を見て安心した。
 かなり高度な念具だから、薬も抜けたと思うし、脳内物質の分泌異常も正常になったはずだ。

 ただ、歪ませられ傷付けられた精神――心には、これから長い時間をかけて付き合っていかなきゃならないだろうけど。





 とても無事でよかった、なんていえる状態では見つけられなかった。
 悔やんでも悔やみきれないよ。
 こんなの、負わなくてもいい苦しみだったはずだ。

 けど、助けられて、良かった。

 不甲斐ない僕だけど、これだけは。



 生きててくれて、ありがとう。





 僕の聖なる焔の光。
















 眠る子どもが少し穏やかな表情になっていることに安心する。

 目覚めない子供の汗をぬぐってやりながら、考えた。
 これからどうしようかと。


 そもそもここは国が少なすぎる。
 そして僕の焔は目立ちすぎる。

 キムラスカはもちろん駄目だ。
 国がこの子を犠牲に差し出す。
 父親がそれを認識し、この子供を見ていない。

 マルクトも駄目だ。
 あそこは好戦的だ。
 そこに赤い髪と翡翠の目をした子供なんて連れて行けない。

 ダアトはそもそもがこの子供を攫った場所だ。
 ケセドニアはダアトに後ろ盾を獲て自治を認められているが、言い方を変えれば全ての影響を受けている。

 それに、逃亡しても新にレプリカが作られて、髭のいいように使われるだけかもしれない。
 レプリカを作る、レプリカ情報を抜く、と言うのが被験者に悪影響を及ぼすことは調べが付いていた。
 すでに抜き取ったデータで新しく作ることも悪影響を起こすのかどうか、わからなかったけど、起こす可能性があるならもう作らせるわけには行かない。
 今それを解決する事が出来るだろうキリエはいないのだ。

 あの時、三人がばらばらに転移させられた時、こんな事態は予測していなかったために銃器と、ポケットに入れていた多少の念具と小物をのぞいて大体は今は使えないポーチの中に入れたままだった。
 入れたきり、今は取り出すことも出来ない。

 盛大な破砕音を遠慮なく立てたから、しばらくすれば人が来るだろうと思う。
 ここが何処なのか知らないけど、空が見えているならどこかにつながっている。
 誰も気が付かなくても、誰も帰ってこないことで様子見に現れる人間がいるだろう。

 あの男が何をしたいのか、何を企てているのかはこれから調べなければならないだろうね。
 けど、レプリカを作ったことを、ファブレ邸にルークと言う存在を返す、と言う意味だけではなくて、もしヴァンに予備、と言う意識があるなら、なにかをするその時までアッシュの存在を必要としているとも取れる。

 そして精神にまで手を出していると言うことは、その時まで、ヴァンが子どもを利用しようとする時まで従属を求めている、と言うこと。
 従属を必要としないなら、精神なんて壊してしまった方が扱いはらくだ。

 この施設で行なわれていたことのように、ただの実験体として必要とするなら精神なんて必要ない。
 その実験に精神の有無が問われると言うなら別だけど、機械につながれていた僕の焔は、そういうのの意味を問う意味が無いくらいに、まともな状態じゃなかった。

 まだ心が壊れないうちに見つけられたのは、本当に良かった。



 ヴァンデスデルカ。
 僕を排除できなかったことを不幸の始まりにしてあげるよ。



 決めた。
 ダアトと言う環境、そしてヴァンすらも利用させてもらおう。
 そう決めた。

 そうと決まれば、あの髭を牽制しておかなければ。








 目覚めない赤毛の子供からコートを取って、代わりにその上からかぶっていたマントをかぶせる。

 コートは、こちらの世界のデザインではないから悪目立ちするのだ。
 けど、その上から旅人用のマントをかぶっておけば、巡礼者でごまかせるときもある。
 敵地に潜入するのに、防具である念のかかったコートを脱ぐのは心もとなかったので苦肉の策をとったのだ。

 とにかく子供にはマントをかぶせ、自分はコートを着た。
 これから見つかるときには目立つのがいい。
 いっそ異端性が見えたほうが都合がいい。

 そうして人を待っている間に、うっすらと焔が瞳を開いた。
 焦点の合わない目が見つめてくる。
 僕は汗にぬれた赤い髪を撫で付けて、せめて安心させられないかと微笑んだ。

「もう大丈夫だから、もう少し休んでおいで」

 呟きに、翡翠の瞳が閉じられる。
 穏やかな呼吸に安心した。

 耳を澄ませば、駆け足の音が聞こえる。
 一人、二人、三人……二十五人。

 こんな人に言えない実験の場所に連れてくる兵士に、とっさにこれだけの数集められたものだ。

 警戒しながら駆けつけて、惨状を見て呆然と立ち止まる。
 そして僕を見つけて遠巻きに槍を突きつけた。

「この惨状……キサマがやったのか!」

 じり、と近づいてくる兵士の足元に、銃を使わずに指先から念弾を叩きつける。
 僕の念の系統は操作系。
 操作系は放出形にも近いから、ちょっと訓練すればこれくらいは出来た。
 まあ、銃弾とか、物体に纏わせて放出した方が威力はあるんだけど、今見せ付けたいのは威力ではなくて異端性だからね。

 焔の子供には、つよーいガーディアンがいるんだって事、教えてあげなくちゃ。








 指先からの放つ念弾を、僕を取り囲む兵達に散々打ちつけた。
 鎧の上からでも簡単に貫通して一弾が二人以上の人間を傷付ける事も珍しくない。  それでも殺さないように細心の注意を払う。

 殺しはもう必要ない。
 今は恐怖を植えつけるのみ。

 手を打ちぬかれ、足を打ちぬかれ、あるいは胴の鎧のみを破砕し。
 鎧の中を血で満たしながら、誰一人立つ者はいなくなる。
 こんな景色、子供は見なくていい。

 このまま放っておけば、幾人かは死ぬかもしれないが、生き残るものも必ずいるだろう。
 彼等が帰らなければ、また兵か研究者が様子見に派遣されるだろう。
 あるいはヴァン自身がくるかもしれない。
 あの男は強い。
 被害を減らすためなら、あの男が来るのが一番なのだ。

 本当ならすぐにでも撃ち殺してやりたいところだけど、ヴァンは今のところ導師派の急先鋒で出世頭だ。
 今でも秘密裏にこれだけの研究所と私兵をもつだけの力がある。
 あの男が死ねば、恐らくダアトはスコアスコアと叫ぶだけの豚の私物に成り下がるだろう。
 緑の髪の子供はもうすぐ死ぬのだ。
 例え延命できても、モースに暗殺される恐れがある。

 ダアトがモースの私物となったとき、この焔の事が知れれば、隠すことはもう出来ないだろう。
 当分は利用し、利用されてやろうじゃないか。
 最終的には許す気なんて無いけどね。
 恨みはその時が来れば、存分に晴らしてやるさ。




 僕が“魔女とガーデンの名にかけて”味方であると誓った子供を、こんな目にあわせた付けは。

 必ず払ってもらうよ? ヴァンデスデルカ。




「さあ、まだ立ち上がる者はいるかい? 謹んで僕が相手になろう」

 焔をそっと瓦礫の上に寝かせて立ち上がる。

「さあ、誰か立つのはいないのかい?」

 立てるはずがないとわかって言う坊は随分と意地が悪いんだろう。
 でも、この場所に来ると言うことは、この実験を見ていたものと言うことだ。
 見られても構わない者、知っていた者ということだ。

 この世界はとても物騒だ。
 戦う力のある者なら子供だって剣を手に取る。
 でも、これは違うだろう?

 バチカルの屋敷にいたときも、ベルケントの施設でも随分と酷い言葉を聴いた。

 第七音素、ローレライと同一存在。
 単独で超振動を使えるとは恐ろしい。
 マインドコントロールでもするか、条件付けで能力を使うようにするか?
 人の形をしているだけで、人ではない。

 ばかばかしいにもほどがある。
 それに、幾ら幼いからと言って、この子供がそれをまったく理解しないと思っているのか?
 知らなければ調べようと思うほどの自主性はあった。

 それが耳に入るたびに、傷付いた目をする子供が、目に入らないの?
 苦痛と恥辱を伴う実験を、父の意向だからと、わざと自分に見向きもしない父親の愛をまだ諦めきれない子供の心が、ねえ見えないの!!
 認めて欲しいって、必要とされたいって、愛されたいって、こんなにも人の心を持って苦しんでいるのに!!




 箱庭の中で多くの人間に囲まれてただ一人。




 この子どもに誓いを立てる背中を押したのは、僕の焔がキムラスカの姫君と誓った言葉だった。
 いつか、大人になったらって。

 相容れないことを知っても、人であろうとしたこの子ども。

 この子供に誓いを立てたのは、この子供の周囲とのあり方が、今もまだ眠り続けるリノアに、似ていたから、なのかも知れない。

 念弾でフェイスメットをとばし、指をとばし、間接を射抜いた。
 晒された顔に恐怖以外の思考の余地がなくなったのを僕は満足げに見やる。

 また数名の兵士と共にヴァンがやって来たのを見て、僕はGFを召還した。

 同時召還は最新のオダインバンクルを装着していても結構身体に負担がかかるんだけど、今はどうでもいい。
 あの魔女戦争の後から手に入ったGFも多いけど、あの戦争を共に駆けた中でも屈強な気配のする見た目の厳しいのを呼び出す。

 イフリート、ブラザーズ、ケルベロス、そしてバハムートが上空で翼を広げ、脅かす。
 一度羽ばたけば、ごろごろと傷ついた兵士達はあおられて転がった。
 近づいてくる無傷の兵士をイフリートの炎が牽制し、ケルベロスが牙をむき出して唸る。

 傷一つ負っていないと言うのに、傷ついた兵達と同様、いや、傷みと言う意識の拡散がないせいか、尚の事恐怖だけを浮かべて立ち止まる兵士達の後ろ、遠くに恐らくヴァンのものらしき小さな影。

 つまらない。まったくもってつまらない!!
 こんな軟弱な兵達の組織に、今まで欺かれていたなんて!!

「ば、ばけものっ……」

 恐慌に陥った兵の一人が突撃してくる。
 けど、その槍は僕のコートに小さなくぼみを作るだけで、ほつれ一つ作れない。
 今更普通の人間の攻撃に何とかなるほどやわな念具じゃない。
 キリエの力作の一つなんだから。
 ヴァンデスデルカに声が届くだろう距離で、僕はわざとらしく唇を吊り上げた。

「はっ、ばけものかい。人の心をなくした獣風情が、よく言うよ。なら良く覚えておくがいいさ。僕は焔の守護者。この子供を傷つけることを僕は許さない。この子を害するあらゆることを行うなら、楽に死ねると思うなよ」

 言って、ケルベロスにトリプルをかけて貰って片っ端から兵士にスリプルの魔法をかけた。
 もちろん、あのヴァンにも。
 さすがというか、随分と睡眠に抵抗を示して見せたけど、それでも最後には眠った。

 僕は眠る子供の額に手を置く。
 さあ、今度は感動の再会を演出しなきゃ。














 あのあと、僕は目覚めたヴァン達が子供をどうするのか遠くから見ていた。
 にっくき髭未満に抱えられる僕の焔。
 その後をずっと追って、焔が何処に監禁されているのかをようやっと知った。

 周到に隠された場所だった。
 僕があの実験場を破壊するようなイレギュラーが起きなければ、見つけることはきっと出来なかっただろう。
 あわてて、急いで運んだからこそ、僕の目に付いたのだ。

 誘拐から、ほぼ一年だ。

 監禁され、環境と薬物とで正常な思考能力を奪った上で刷り込みのようにマインドコントロールを施していったんだろう。
 単純な洗脳より厄介だ。
 希望があるとすれば、バチカルにいたときにはヴァンより僕に懐いていたこと、だろうか。
 けどそれすらも、僕がレプリカの子供の側に残っていると言うことを絶望として利用されたかもしれない。
 だって、僕が誓いを立てたときのあの子供のうれしそうな顔は、僕にうぬぼれなんていわせないくらいとってもいい笑顔だったんだ!!
 普段感情を押し殺す僕の焔が、隠そうとして隠し切れずに笑うのは。

 その僕も、レプリカと自分と、どちらでもいいのだと囁かれたら。






 ヴァンがいなくなってから、そこの監視者の声と光を奪って、自分は何処へでも現れることができると言うことをアピールする。
 実際には多分、こういう行動で周囲が思うほど僕は神出鬼没にはなれないだろうけど。
 神出鬼没を装うのもこれでなかなか大変なんだよ。

 そのついでに血文字で壁にメッセージをのこして。

 恐怖をあおるにはどうすれば言いかなぁって。考えて、でもあんまりあおって僕のせいであの焔の子供が孤独になるようじゃ元も子もない。

 どうしてもとねだられればバチカルに帰すのもやぶさかではなかったけど、今の僕の計画じゃ当分このダアトと言う場所に住むことになっているのだ。

 だからとりあえず、小細工を弄さずにそのままのメッセージを伝えてみた。






『kill you』







 まるでチンピラだなぁ、とか思ったけど。
 事実だしね〜?

 これ以上手勢をやられてはまずいと思ったのか、翌日には焔の子供に日の当たる私室が与えられた。
 監視が付くことぐらいは勘弁してやろうじゃないかはっはっは。
 どちらにせよ、たかが監視程度に僕の存在を悟らせはしないよ。

 監視にはちょっと無理して都合のいい夢を見てもらって、僕らは二人きりで再会を果たす。











「やあ、随分さがしたよ」

 そうして出会った時の、一筋の涙を忘れない。








 焔がはじめて使うことになる寝室に忍び込んで先にまっていた。
 憎らしいことにまだダアトからの外出を規制されている彼と二人きりになるには、寝室ぐらいしかなかった。
 久しぶりに良く見た少年は、念具を使って健康を取り戻しても、遅れた成長のぶんを取り戻すには至って居なかった。
 育ち盛りだというのに以前より筋肉が落ち、伸びた身長に対してひょろひょろとしたもやしのように見えた。

 まったく憎らしいねヴァンデスデルカ!

 僕は改めて仇敵の情報を己の中に刻み付ける。

 ヴァンデスデルカ。
 栄光を掴むもの。
 フォミクリーと超振動により故郷を滅ぼし、ローレライの存在によって預言を知って狂った狂人。
 ついでに言えばあんたの主家の血の者がファブレ邸で働いていることも。




 僕の焔に出会ったときの驚愕する様子と、自らに与えられたアッシュと言う名に対する嫌悪。
 少し会話をすれば、思考操作の形跡がぼろぼろ出てくる。
 自分では矛盾を矛盾とも思えないようになってしまった僕の聖なる焔。

 今は、アッシュ。

 アッシュと言う名前は悪くないけど、あの髭未満(伸ばし始めているけどまだ生えそろっていない)に付けられた名前だと言うのがそこはかとなく気に入らない。

 今すぐ縊り殺してこようか? ははは。

 ああ、セフィがここに居たらと、僕は今とても思うよ。
 フィールよりもセフィと来たかったな。
 セフィなら、きっともっと簡単にこの子供の心をほぐせたと思うから。

 あの空の景色も、見せたかったしね。
 この星を、この子供を縛る預言だと思えばうれしくないけど、鑑賞するだけならとても珍しくて、綺麗だと思うから。
 写真を撮ろうかな。いや、オーラを電池代わりにするデジタルカメラがポケットに入っていた。
 静止画もいいけど、動画も魅力的だ。




 とにかく再会を果たした僕は、アッシュに尋ねた。

 あの箱庭に帰りたいかと。
 もっとオブラートに包んでね。

 それに対してアッシュは言った。
「レプリカは……どうなる」
 って。

「お兄ちゃんなんだねぇ」というと、「違う!!」と叫ばれてしまった。

 ねえアッシュ。
 僕は本当に涙が得るほど嬉しかったんだよ。
 そして、何て強い子どもだろうって、思うと悲しくなった。
 楽な道は選べない人間だ。

「ルークと呼ばれているあの子供のことなら、心配しなくてもいいよ」
「ちがっ、心配なんかしてない!」
「僕の仲間に預けるのもいいし、一緒にファブレ邸で暮らすのもいい。バチカルの屋敷から連れ出して、君もどこかでお兄ちゃんをやると言うのもありだ」
「人の話を聞け!」
「大丈夫、二人ともアグゼリュスで死なせたりなんかしない」

 とたんにアッシュがおとなしくなった。
 と言うよりも萎れて項垂れた。

「おまえは……」
「ん? なんだい」
「おまえも、俺と、レプリカと、どっちでもいいのか」

 真剣に真剣に、あんまり可愛い悩みだからつい笑ったら叱られた。

「侮らないでくれよ〜? 僕はアッシュとルークを見間違えたりしない。同じ姿をしていても存在を混同したりしない。同じで、どっちでもいいなら探しになんてこないよ」

 誠意を篭めて真剣に話すと、あからさまな安堵の感情があふれ出てきて。
 でも本人は必死に隠そうとしているのが、きっとセフィのつぼだなって思った。
 キリエでもいいけど。

 少し考えさせてくれって言ったけど、結局アッシュはバチカルに帰ることを断った。
 客観視でき始めた今となっては、あそこが子育てに最良の環境じゃないことは理解しているみたいだった。
 けど、魔物に盗賊、戦争と、危険の絶えないこの世界でなら、籠の鳥になるとはいえ最高に安全な場所とも言えた。
 立って歩いて言葉を覚えて、場合によっては少なからず戦う術も身に付けて、それを覚えるのにはベストじゃなくてもベターな環境だということを理解していた。

 ダアトから逃げ出すわけでもなく、ここに残ると言うアッシュ。
 自分がいなくなっても、バチカルのレプリカがいなくなっても、ヴァンが新にレプリカを作り出すかもしれない。
 それは、許せない、と言って。

 だからここに留まるのだと。
 せめて利用して、力をつけるのだと。
 居場所がないなら、作る。おまえは見ていてくれるだろう? って。



 強かに少年はそういった。




















 いまこの世界で。
 この意地っ張りな少年の隣が、僕の陽だまりだ。




















あとがき

ゲーム本編のアッシュ。
レプリカをうらむのは筋違いだと、どこかで理解していて、けどヴァンを憎むことも出来ない。
二律背信? っていうか、アッシュって一から十まで全部そんな感じで精神を磨耗させていそうな存在。
そりゃイライラしているはずだって。
本編だけをさらっと見てると、あんまりわかんなかったけど、行動に理論を付けて定義すると、なんとなくそんなかんじかなって。

人心操作にに長けているヴァン、それに、幾らしっかりしているとはいえ子供がそうやすやすと抗えるはずもない。
しかも、少なからず信頼を寄せていた存在。
信頼していた存在に誘拐されたこともショックだろうし、秘預言聞かされたこともショックだろうし、レプリカ作られたこともショックだろうし、赤い髪にルークと言う名前の男の子供なら誰でもいいのだと知ってしまったのもショックだろう。
ショックにショックが重なって、監禁されて、人体実験されて?
正常な思考を奪われた上でのマインドコントロール。
薬物依存なんかも使った精神操作。

小説とか雑誌インタビューとか、私アビスは出遅れたのでほとんど知らないけど、ちょっと想像すればアッシュの誘拐以降にこれくらいのことは想像できる。
本編だけ見ていると、レプリカに対する同一視の激しい嫌な奴? だったんだけど。私的には。

考えるとやるせないなぁって。
エンド後解釈がアッシュ帰還なら、生きて帰ったと思ったら、アッシュですか? 目の前で落胆を見せる人物達がいる、と。
ギンジとか、漆黒の翼連中とか、アッシュの帰還を純粋に喜んでくれる存在はいるんだろうけど、やっとの思いで生きて帰って、真っ先に見せ付けられるものが、自らの生存に対する落胆。

生きて帰って、落胆。
生き残って、落胆。
ついでに生き残った本人も後ろめたさを感じずにはいられないような状況で、生き残って、真っ先に出会うのが、落胆、

やってらんねー。

このゲーム、マジにアビスだ。


上記、難しく言ってみただけです。





私個人としては、判断力の未熟な子ども、あるいは判断力があっても反抗できない子どもに薬物、つまるところ麻薬系統の薬と、性的虐待だけは積極的に書きたくない。
よく考えれば他にも色々書きたくない事はあるきがするけど、今のところ二つを代表に上げておこうと思う。

それだけは、嫌なんだ、と。

加筆修正した薬に関する部分は、増やす前から使われているだろうと思いつつも、そういう設定が使われていないのなら出来れば書きたくないところでした。
ゲーム以外の公式には疎いので、ないならないでいいや、と思っていたのですが。
とうとうやっちまったぜ、と言うような気分でもあります。









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