焔と暮らす



 ここ数年、それこそ僕の感覚だとあっという間に十数年になりそうな長い時間は、ルークの家族の確執を除けば平穏だった。

 超振動、という、第七音素同士を干渉させて起こす破壊と再構築の力。
 そのための研究を、国がこの子共に課しているらしい。
 激しい苦痛を伴い、実験中に気絶することも稀ではないと言うそれは、子供の体には大きな負担となって残っている。

 体の弱いシュザンヌ夫人は嘆くし、嘆かれても公爵はどうにもしないし、どうにも出来ない。
 重なればそれをうっとおしく思うようになっているのは目に見えていた。
 破局街道まっしぐらだ。
 もちろんそれがその二人の子供であるルークの精神にいい影響を与えるわけもない。

 ファブレ公に愛人がいるのも、うっすら気が付いているだろう。

 一度シュザンヌ夫人に攻め立てられて、あからさまに動揺しているところを見たことがあった。
 それははっきり言って不審以外の何者でもなく、何か重大な隠し事があると僕は思った。
 凄く微妙に怪しい者だと思うんだけど、何でか僕は公爵から信頼を得られているようだったから、悪いと思いつつも密かに暗示――貴重〜な念具を一個使ってしまった――をかけてそれを聞き出したことがある。

 公爵の口から出てきたのは、その昔僕がダアトで見た、あの預言であり、その続きだった。









『ND2018
ローレライの力を継ぐ若者人々を引き連れ鉱山の街へと向かう。
そこで若者は力を災いとし、キムラスカの武器となって街とともに消滅す。
しかる後にルグニカの大地は戦乱に包まれマルクトは領土を失うだろう。
結果キムラスカ・ランバルディアは栄えそれが未曾有の繁栄の第一歩となる』








 その預言。
 つまり、公爵は、国のためと言って我が子をアグゼリュスに捨てる気だと言うことだ。
 それが預言に読まれたから。
 そして公爵夫人とその子供であるルークはそれをしらない。
















 いや、あるいはその奇異な様を、肌では感じているのかもしれない。

 昔の話を聞いた事がある。
 シュザンヌ夫人は体が弱く、子供も一人しか望めないだろうと言われていたと。
 実際生まれた子供も、出産のときに夫人が意識を喪失したために赤子は初乳すら含まずに乳母に預けられたと。
 その後も、母親の体が弱いから、泣き声すら聞かせないように育てたと言う。

 責める割には、母親である実感の薄い親だと、思っていたけど。
 産んで親になるのではなく、育てる事で、思う事で親になる。
 結構真理だと思うよ?

 クリムゾンだって、息子を愛していないわけじゃないんだろう。

 どんなに感情を殺すことが上手くても、人がいない――居ないと思っているところでまで完璧に殺すことの出来る人間はそうはいない。
 感情なんてものは殺す側から自分の中から浮かび上がる。
 ほんの僅かな時でも、自分にそれを許すときがないなら――もう人とはいえないだろう。
 あの金髪の復讐者も、自分に憎悪を架しながら、それでも時々ルークの側で本気で笑っているのを――僕は知っている。
 気が付けばすぐに引っ込めるけど。




 クリムゾン・ヘアツォーク・フォン・ファブレ
 国にその身を、命を捧げ。
 そして息子まで捧げた人物。

 でも僕は、そんな彼らに

 ものすごく久しぶりに本当に腹が立った。















 栄枯盛衰は世の理だ。
 繁栄の後には衰退が来る。
 大きな繁栄であればあるほど、その反動は大きい。

 未曾有の繁栄が、時を経て翻って未曾有の衰退となる可能性もある。
 そしてその時、預言に従って思考を放棄してきた人類は、果たして耐えられるのだろうか。

 そんなことどうでもいいんだ。
 ただ、差し出さなくても国が滅ぶわけでもない。

 ファブレ公は権力者だ。
 バチカルにおいては国王の次に力を持つほどの貴族だ。
 有事の際に、真っ先に差し出すのが我と我が子、と言うのなら気に喰わないけど納得もしよう。
 それが人の上に立つことの意味だから。

 僕の焔の事だって、ある程度は仕方ないと思っている。
 第三王位継承者、三番目、だけど、王の子供であるナタリアは血を重んじるキムラスカ王家に有って望まれた色を持たないことから王位の継承を望まれない声も聞こえるし、そもそも僕の調べじゃ血がつながっていない。
 二番目は王妹シュザンヌ。
 これは、ファブレ家に降嫁した時に王位継承権を返上していなかったのはちょっと驚いたけど。
 僕の焔の王位継承権はその上での三番目だ。
 実質玉座に一番近いと見て間違いない。
 将来的にどうなるかはともかくとしても、建前的にでも一個人として見られる前に、第三王位継承者、と見られるのは、仕方がない。

 けどこれは違う。
 過去預言は外れなかったという。けど僕に言わせれば不確かな、繁栄。
 不確かで、必要でもない繁栄。
 そんなものに我が子を差し出せとまで言われて、それでも預言に従う、それが、信じられないし、恐ろしい。
 そして何より、腹の底から怒りがわいてくる。

 これが、二千年の呪縛か――。





 ローレライ。
 第七音素の意識集合体の名前だったと思う。
 その力を継ぐ若者。
 多分ルークのことだろう。

 爵位を持つ家の嫡子、しかも王位継承権まで持つ子供に、どうしてあれほど酷な実験を課すのかと思ったことがある。
 謎は解けた。
 十七歳までしか生きられないのだから、それまでに第七音素の秘密を解き明かそうと躍起になっていたのだ。

 ローレライの力を受け継ぐと預言に詠まれた子供の身体を、実験用のウサギかネズミのように痛めつけるほどに調べ回している。国の上層部も、研究機関の横暴には目を瞑っているのか。
 研究者達はルークの上に詠まれた預言を知らないだろう。
 けれど、えてしてあの手の人種は制止者がいないとどこまでも人の道を外れてゆく。
 オダインなんてまだマシな方だ。

 死ぬまでいいように使いまわされて、挙句死を持ってすら国に尽くせ、と?

 何一つ報いやしないのに!!







 僕は誓った。
 真紅の髪をした聖なる焔の光に、君の味方であるよ、って。




“魔女とガーデンの名にかけて”




 魔女とは理不尽な定めの被害者。
 過去と未来を入れ違えてしまったあの世界で、この世界の預言のごとく必ず出現するとされてしまった悪夢。

 僕らはそれを覆そうと、今でもあがいている。


 ガーデンとは魔女の庭。

 魔女が育み、魔女が休み、魔女のための種が撒かれる。
 歴史の闇に消えていくしかない彼女達に、安らぎを与えるための庭。


 育む手を失って、それでも僕たちはその庭を守っている。


 あらゆる理不尽を受け入れて、そして憤っている。




 この世界に来て預言の存在を知って、僕は一度も預言を詠んでもらったことがない。
 そもそも読めるのかどうかも分らないんだけど。

 その預言に対して、僕は改めてクソクラエって思ったんだ。

 そして、改めてあの子供を守ろうとも。











 ここにキリエはいない。
 キリエが作り出す神秘は数に限りがある
 その恩恵に与れる機会は制限される。

 そうなって、久しぶりに自分がどれほどキリエの作り出す念具という神秘に頼っていたのかを思い出した。
 たしかに戦うことなら僕たちのほうが強い。
 けど、世の中力だけでは解決できないことが多すぎる。

 何処までできるかはわからない。
 けど、出来る限りはしよう。



















この箱庭の中で、できることは高が知れていたけど。









 ルークの剣の師として出入りするようになったローレライ教団に所属する若い男。
 はじめは僕がいるからと言って渋ったルークだったけど、剣については僕のほうからその人間に師事する様にすすめた男だった。

 どうにも胡散臭い男だと思ったけど、僕の剣は付け焼刃だからね。
 僕のベストパートナーは銃だ。
 この世界では譜銃で我慢しているけど、エグゼターこそがパートナー。
 剣だって、ガーデンである程度は正式に習ったけど、剣技だけ競うなら僕はすべてにおいて頂点を極められないキリエにも負ける。
 キリエはたった一つ、己のみを使い手とする念能力以外はどれ一つとして頂点を極められないだろう人間だけど、努力しだいでは一番に近い二番手くらいにはなれる。
 言い換えれば結局はそこどまりだけど。

 基礎から何かを教え導くなら、少なくともあの男の方が適任だった。
 キリエかスコールが居れば、彼らのどちらかに教えさせるんだけど。
 スコールの天賦の才は受け取り手にも才能があれば見るだけでも意味があるし、キリエは逆に才能が無いから教えるのが上手い。
 ヴァンの教える剣は攻撃こそを最大の防御とし、大技が多いけど一度喰らいついたら離さない。
 見たことのない流派だったけど、少なくとも理にかなっている。
 教えている内容に問題は無い。

 金髪の使用人と庭師が時々不穏な目をしているけど、それこそこっちで気をつけていれば問題はない。






はずだった。






 この世界にいる限り見守ってみようかと思っていた赤毛の若芽がいなくなった。
 ベルケントへ、恒例の実験をさせられに行ったきり、帰ってこなかった。
 あの誓いを立てたのは、まだそう遠くない。

 ルークは、ベルケントへ僕が来るのをことさらに嫌がっていた。

 甘えと自尊心、皇女の婚約者、将来の王族として作られた意思の狭間で迷っていたのは知っていた。
 ていうか、預言に則ったこの国独特の帝王学ってハッキリ言ってろくなものじゃないし〜。
 ついでにいえば僕が一度その施設をぶっ壊すって不穏な発言をしたのを聴いていたせいもあるのだろう。

 勝手をするだろう、って先に宣言をしてはいたけど、それでも頑なに拒むルークの心情をはかって僕はベルケントには付いていかなかった。
 表面上は。
 不審に思った最初、二、三回は勝手についていっていたんだ。けど、彼が見ないで欲しいと願っているならと、その後はもうやめた。
 僕が勝手にその実験の場にいると言うことは、彼の心を傷つけることだった。

 それが、悔やまれた。

 公爵は、誘拐された事をこころのどこかで喜んでいるふしすらあった。
 この世界は物騒だ。
 誘拐されて身代金が要求されるなんてことは殆どない。
 ここで言う誘拐とは、死体や血痕、凶器も含め、あらゆる痕跡なく殺人が行われたと言い換える事もできる。
 僕らのところほど警察組織も発達していないし、鑑識もたいした事はない。
 死体だって譜術で燃やしてしまえばそれまでの事。
 証拠の隠滅は、よほど簡単なのだ。

 公爵の態度を好意的に解釈するなら、それは我が子を預言に差し出さず、どこかで人知れず生きていてくれる事を望むものだろう。
 息子を愛している証と言えなくもないが、本人に伝わらなければどうしようもない。

 あんたも確かに苦しんだんだろうさ。
 けど、あんたの苦しみが他者を苦しめる言い訳に使われるのを僕は許せない。
 幾度も自分の心をはねつけられて、ルークが――僕の焔が、どれほど傷ついていたことか。

 攫われて、何処かで生きているかもしれない?
 自分の手で死地へとやらなくても済むかもしれない?
 そんな可能性にすがるくらいなら!!

 だって僕の焔は、僕に父性を求めながらもあんたの背中を追っている。

 繁栄の本質を見誤るな!!

 と叫びたかった。


 そんな愛を示しても、僕は認めない。
 あんたがあの子を見ない限り、あんたの愛はあの子を苦しめる一方だ。
 預言に捧げる事を苦悩するくらいなら、考えて、悩めばいい、ギリギリまで!!

 本当にそれで終わりなのか、何か救う術はないのか!?
 息子を捧げて得た繁栄の後に、それを覆すほどの何かは?

 考える事は諦めるよりずっと苦しい。
 無いかも知れない可能性を模索し続けるのは辛い。
 けど、愛していると言う息子のためにそれすら出来ないのなら――全部捨ててしまえ。


 そして僕が拾う。

























  二ヵ月後、帰ってきた子供は、あの焔ではなかった。





 時として無慈悲に現実を告げる魔法〈ライブラ〉も、彼を僕の知るルークではないと示した。
 赤子同然のその子を置いていくのは良心が痛まなかったわけじゃないけど、ここファブレ邸にいる限り、身に危険が及ぶよなことは無いだろうと僕は暇乞いをしてバチカルを出た。







 所詮、所詮はその程度。
 クリムゾンもシュザンヌも、執事のラムダスも、あの復讐者も。
 これほどまでに変ってしまったルークを見て、あるいはクリムゾンならフォミクリーと言うものを知っているんだろうに別人であるとは思わない。
 口にしない。
 生きているかもしれないけど、死んでいるかもしれない。
 どこかで悲惨なめに有っているかもしれない“ルーク”を探さない。

 所詮、所詮はその程度。

 ルークである前に、赤毛の王位継承権保持者。
 預言の生贄。

 その程度の繋がりしかなく、ルークと言う名を関するものの中身が替わっていても構わない。


















 感覚的に怪しいのは、あのヴァンとか言う男か。
 ダアト、ローレライ教団に属している男。
 ならばまずダアトに行って見るかと思い立つ。
 つくづくキリエの作った念具、無限に収納できるあのポーチが使えないのが痛い。












 この世界にいる限り見守ってみようかと思っていた赤毛の若芽がいなくなって一年。
 随分探したものだった。

 やはりあの怪しい男の元に居た僕の焔。

 彼にしては珍しく口を開いたまま呆然と立ち尽くす姿に、親愛を篭めて笑いかけた。

「久しぶりだね。随分と探したよ。今は、何て名乗ってるんだい?」

 尋ねれば、眉間に皺をよせられた。

「……アッシュ」

 その声は納得なんかしていないって、如実に語っていた。
 別に僕たちは名前なんか気にしないのに。

「アッシュか。いい名前だね」
「ふざけるな。聖なる焔の残り滓など、灰など何処がいいっていうんだ!」


 言われたのが僕だからこその激高だと、うぬぼれてもいいだろうか。


「世界を支える樹の名前だ。それに――」

 ふっと笑いが飛び出した。
 キリエが話してくれた、キリエの世界の昔話。
 それが不意に思い出された。

「不死鳥は自分の死んだ灰の中から生まれ変わる。そして、特別な灰は枯れ木に花を咲かせる」

 ウィンクを送った先で、アッシュは最初のころとは違う驚きで顎を落としていた。
 先入観と思い込みは昔から激しい子供だったなと、思う。
 婚約者のナタリア皇女も思い込みの激しいところを持っていたから、そんなのが二人そろって玉座を占めて大丈夫なのかと心配したものだった。

 今回だってきっとそんな思い込みの激しさで、他の意味を見つけ出せなかったんだろう。
 きっとこの子供はバチカルのファブレ邸にもう一人、ルークの名を与えられた子供がいることを知っているだろう。
 根が律儀な子供だ。情もある。

 全てが上滑りしていても、一心に慕う姿はこころの痛いものだった。
 自分から愛情を強請る事で嫌われはしないかと恐れ、拙くも覚えた愛し方をはねつけられて、激しい苦痛を伴う実験にも、父の意向だからと否と言わずに応え、学をつける事で必死に親の感心を引こうとしていた。
 いい子である事で目を向けてもらえないかと――

 病弱な母親の事を思えば、こんなところにいるはずがない。
 監視は付いているが、完全に監禁されていた以前と比べれば隙もある。
 なぜ、まだ逃げようとしていないのか。
 何故こんなところにいるのか。


 帰れない理由を知ってしまったからだ。
 そして不本意にも、帰りたいと願うはずの故郷に恐怖を、覚えてしまったからだ








「ガーデンと魔女の名にかけて誓うよ。きっと僕は勝手に動くだろうけど、この心がこの世界の上に在る限り、最後まで君の味方であることを。






       アッシュ」








 僕はもう一度、聖なる灰に誓いを立てた。









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