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深淵を覗く
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世界移動の念が発動して、僕が落とされたのは戦場だった。 しかも、移動の途中でフィールともキリエとも離されてしまうし。 明らかにどちらが悪いと言うときもないわけじゃないけど、この混戦状態にあってどちらかの味方などいきなり出来るものじゃない。 しかも、行動に支障がないとは言え、多少体に変異も来たしていたしね。 咳がしたくてしょうがないときのように、喉が痒い。 肺も僅かに痛むし、何かが呼吸や皮膚を通して体に入ってきている感覚がする。 とにかく情報を集めなければ、と思った。 とくに、この世界の大気の組成などを。 とりあえず、身を隠して帯びる武器具を確認した。 キリエが作った無限に収納できる念をかけたポーチは、今じゃふたも開かないただの荷物に成り下がっていた。 内部を共有していて、キリエが持ってるポーチが親にあたり、僕のは子に当たる。 それが使えないと言うことは、親ポーチに何かあったか、親がここに存在しないかだ。 僕たちは時間軸すら違えてこの世界に落とされたのかと、想像する。 つくづく運がないね。 最悪の可能性としては、全員が違う世界に飛ばされた、と言うことだけど、その可能性については思考しないで置く。 どれほど考えても無意味だからだ。 異世界で、キリエの念具のポーチも使えない状態で、新しく銃の弾を補充できるかもわからない。 というよりも、目の前で繰り広げられる戦争を見ていれば、銃器についてはほぼ絶望的に思えた。 基本武装が剣だ。まだ鉄板を伸ばして作った鎧を着ている。 銃弾なんて望むべくもない。 そう見切りをつけた僕は、貴重な銃弾を温存すべく短く黙祷を捧げてから死んだ兵士の遺体から剣を取った 銃が僕にとってのベストパートナーだけど、剣だって使えないわけじゃないしね。 そうして戦場を抜けて、改めて一応の安全を確保した上で、ポーチが使えない場合の荷物と武装を事細かに確認した。 使えなくても肌身離さず持つのはもちろんポーチ。 エグゼターはポーチが使えないと銃弾の補給の当てがないから等分はお休み。 エグゼターは、磨耗や破壊を防ぐための念はかけてあるし、念の系統が操作系の僕は、放出系とも相性がいい。 だから、放出系の威力を高める上でもお気に入りの道具を使うって言うのは有効なんだけど、エグゼターでは実弾しか撃つ気がしない。 そんなものだから、逆にエグゼターで念弾を討った場合は威力が下がってしまう。 実弾に念を纏わせて打つのはとんでもない威力を出せるんだけどね。 ポーチの中に入れておいたら幾ら直接通信できる念仕様とはいえ電波が通じなくなる携帯も内ポケットから出てきたけど、これも通信相手が居ない限り限りなく邪魔者だ。 一度かけて見たけど、キリエにもフィールにも通じなかったし、もちろんもとの世界に居るはずのスコールたちにもつながらなかった。 ……ただの箱にもなりゃしない、ってね。 後はいつもポケットに入れてあるタブレットタイプの念薬と、ティッシュとハンカチ。 ……こんなものこそポーチの中に入れておけばいいのにねぇ。 貼り付けタイプのメモ帳にキリエが認識阻害、って言う効果を掛けたものが一組と、後こまごま。 でも、このいまポーチが使えない中で一番役に立つのは、もしかしたらこれかもしれない。 カードだ。 サイズはトレーディングカードと同じ。 材質も紙にビニールコーティングがされているだけ。 けど、それにはやっぱり特殊効果がある。 キリエが、欲望の島のシステムを真似て、カードに物を封入できるようにしたのだ。 無限に収納できるポーチを持つ僕ら。 自分たち自身ではあんまり使わないんだけど、他人に何かを譲渡したりする時にはなかなか便利だ。 西のログハウスをそのまま東に移動する時にも使ったりする。 それになにより、人間は無理でもこれは人間以外の生物なら封入できる。 猫も犬も、卵も鶏も。 無限、ではないけど、生物も使える、と言うところから、需要がなくなるわけじゃない。 一分経ったら勝手にカード化が解除されたりもしないし。 手元にあるのは、既に中身が封入されているものと、これから封入できる空カード。 薄っぺらいから、いつでもポケットに入れておけるし嵩張らない。 ダース単位でくくられて、それぞれ三つか四つは有りそうだし。 やっぱり異世界転移するときにはこれくらいの供えはなきゃだよね。 作れる人間が居ないから、空カードは無駄遣いしないように節制して、中身のあるカードは一つ一つ何が封入されているのかを確認して一番上と下から数えて五枚分を暗記して胸の内ポケットにしまった。 とっさに使うときに、迷わないようにね。 エグゼターの弾丸の予備が封入されているのもあったし、念薬を封入しているのもあった。 どちらにせよエグゼターは必要なとき以外使うつもりはないけど。 念薬に関しては、これってある意味裏技なんだよね。 キリエの念具は、作るのが難しいものほど、ランクが上がるものほど作れる個数が制限される。 それを誓約にして少しでも能力の高い念具を作りやすいようにしているんだけど。 例えば、このカードの中の一枚に封入されている念薬。 製造可能な数はたったの三つ。 年間三つまでしか作れなくて、三つまでしか所持できない。 それをこのカードに封入しておくと、更に三つまではごまかせる。 年間作整数が三つまで、と言うのは変らないけど、使わなかった分は三つまでは余計に所持しておける。 まあ、普段使いの念具――生きている縄の廉価版や、影縫い針とか、ランクを落とした回復用の念具とかなら製造数に制限が無いから割とどうでもいいといえるのかもしれないけど、こういうときにはありがたいよね。 やっぱり不慮の事態、って言うのはいつでも想定しておかなくちゃ。 でもやっぱり、封入済みのカードの中で一番謎、っていうか、訳がわからないのは僕の家の冷蔵庫が封入されているカードだった。 なんで? 何で冷蔵庫? とカードを睨んで少し考えて、頭を抱えてうずくまりたくなった。 やっちゃったよ。 異世界旅行の前には、セルフィと二人で旅行していたんだよね。 でさ、家を空けるから、物が腐っちゃいけないと思って家中の食料品を冷蔵庫に詰めてカードに封入したんだ。 何でも詰め込めるポーチは便利だけど、任務のとき以外は使っちゃいけないことになっているから。 子供がいたときに買ったファミリータイプの巨大冷蔵庫。 冷蔵庫の中身は、900L近い容量がある。 買い置きのタマネギやジャガイモ、人参や鶏肉なんかも纏めて入れてきたから、封入解除すればカレーぐらいは作れるかもしれない。 サラダもセットで。 虫がついたらいやだったから、粉末タイプのカレー粉もいっしょに入れた記憶があるし。 スパイスの塊のカレー粉に虫がつくのかどうかわからないけど、少なくとも昔、ココアには虫がついたし。 それで、出掛けに冷蔵庫を封入して、セフィとみんなの集合場所にいくまでの道のりをゆっくりと旅行して――別れ際に返し忘れた。 セフィ、きっと怒ってるだろうなぁ。 「もう、アービンのばかぁ! 冷蔵庫なくしてどうしろっていうんよ〜」 って。 腰に手を当てて可愛らしくぷりぷり怒ってるよ、きっと。 小さい冷蔵庫ならともかく、これだけ大きな冷蔵庫にもなると買い換えるのもね〜。 でも、小さい冷蔵庫くらいは買っちゃうかなぁ。 つかの間、分れたセフィに思いを馳せて、吐息をつくと僕は立ち上がった。 見慣れないものが浮かぶ空。 任務に出る時はいつもキリエのポーチがあった。 人員的にはともかく物資的にはとんでもない程のサポートを常に受けてきていた。 それが受けられないと言うだけで、今僕は結構心細いと思っている。 それから僕は、戦争中だって言うのに王を戴く国が二つしかないという世界を縦横に駆け回って知識を吸収した。 そして、はじめにこの世界に来たときに体に違和感を与えたものが音素、と呼ばれるものだろうと推測した。 恐らく外れてはいないだろう。 今まで自分の体にはなかったもので、ここに新しくあるものだ。 それを知ったときにはもう体はその音素に馴染んで、痛みも痒みももたらすことはなかったけど。 マルクト軍はほとんどの人間が、音素と言うものを使用する譜術という、この世界で言うところの魔法のようなものが使えるときいて、それを覚えるために数ヶ月軍に所属したこともある。 僕が遭遇した戦争、ホド戦争と呼ばれているらしいそれに手を出していた組織、ローレライ教団と言うそれにもぐりこんで、ちくちくと内部の情報を集めたりもしていた。 とにかく片っ端から知識を入れていく中で、見つけた面白いものが、秘預言、と呼ばれるものの一部だった。 ダアトでも位の高い人の執務室らしい部屋に無断で忍び込んでいたときのことだ。 紙に書き起こされた、第六譜石とやらの内容の一部らしかった。 ND2000に、ルークと言う名前の赤毛の男の赤ん坊が生まれていると、ただそれだけしか、かかれていなかったけど。 家捜ししていたときに見つけた、丁寧に隠されていたその内容。 たったそれだけの事がどうしてそうも丁寧に人の目から隠されているのか。 僕自身は、譜術は使えても第七音素は使えないから、続きが気になっても譜石を読むことができない。 家捜しでもしようかと思ったところで本人が帰ってきたので窓から失礼して退場した。 それから数年後だ。 いや、この世界の一年はやたらと長いから、数年と言うのは僕の感覚であって、この世界ではもっと短いんだろう。 やっぱり僕はまだ世界をうろうろして、長くひとところに留まることはなかった。 そんな時、あの赤毛に出会ったのだ。 目の前で死にそうになっているその人物は、僕が読んだ預言の一部に詠まれていた赤毛の男児の父親だった。 引き連れていた騎士たちが組織だって行動する盗賊を退けたのは見ていた。 けど、そのすぐ後に襲ってきた魔物たちと戦うには騎士達は疲弊しすぎていた。 むざむざ死なれるのも気持ちが悪いし、助けるために飛び出したんだけど。 戦いが終わってみれば、ほとんど僕一人の独擅場だった。 助けたと言う実績と、実力。 僕はその赤毛に誘われて、それを諾として、その日からファブレ邸の使用人となったのだった。 興味は公爵の子供である、赤毛の子供。 第三位王位継承権保持者。 十分に玉座を狙える位置にいる、預言に読まれた子供。 僕だって、この世界にとって預言がどういうものなのかは学んでいた。 だからなおさら、気になったのかもしれない。 この子供が、預言に詠まれて何をなすのか。 ポーチのふたはまだ開かない。 つまり、キリエはまだやってきていない。 フィールも何処へいったのか、僕は世界を回りながら尋ねて歩いていたけど、少しの情報もないということはフィールもまだこの時間に辿り着いていないんだろう。 大体世界情勢も頭に詰め込み終えていて、ムダに時間だけはあったから。 次代を担うあの赤毛がどう育つのか。 まだ幼く強い自我もなく。 けど、僕から言わせればくだらない預言に翻弄されることになるだろう子供を、見守ってみようかなって。 その若芽を見守ってみるのもいいかなって、思ったんだ。 日々は、割と平和に流れたんじゃないかと思う。 すくなくともここ、バチカルじゃ。 物価の高騰は続いているけど、激しい戦火は静まった。 ファブレ公爵は公務だ、戦争だ小競り合いだとよく屋敷からいなくなった。 シュザンヌ夫人は虚弱体質に心労が重なってよく倒れているが。 赤毛の4歳児はそうとは思えないほどしっかりしているけど、それでもやっぱり子供だった。 詰め込まれる礼儀作法、心得、世界史、帝王学。勉学の間に物寂しげにしている子供に僕が構うのは必然だった。 子供は、なんていうんだろうね。キリエにでも言わせれば、ツンデレ、とでも言うんじゃないかな。 かまって欲しいくせに、いざ構えばそんなことはない、と強がる子供だった。 けど、それは甘え方を知らないのだと僕は思った。 根気よく近づいていったら、そのうちよーく懐いてくれたけど。 公爵を助けた功績と、腕を買われて一応雇われている僕は、この屋敷において結構微妙な立ち位置にいた。 赤毛の子供には勉強も教えていたし、初めて剣を教えたのも僕で譜銃を触らせたのも僕だった。 おもちゃの剣だったし、譜銃は弾が入っていなかったけど。 僕が雇われた割とすぐ後に金髪の子供が老人と共に雇われて、赤毛の子供について回るようになった。 年が近いから、って言う事で置かれたんだろうけど、どうなることやら、って気はするね。 あるとき、見守ると決めた赤毛の子供の様子が変だと探ってみれば、時々非人道的な実験に借り出されていると聞いて、施設後とぶっ飛ばしてやろうかと思ったこともある。 ああ、あの子供に入れ込んでいるなって、実感したのはそのときだった。 育つのを見るのは、楽しい。 子供の言葉もあって、僕は子供を苦しめる施設の破壊を表面上諦めたけど、いつかは壊してやろうと思っている。 そして子供は驚異的な若さでキムラスカ・ランバルティア王国の皇女にプロポーズをして。 この国を変えていこうと言うその言葉に。 僕はこの世界に来てから初めてあの誓いを立てた。 「魔女とガーデンの名にかけて、君に誓うよ。きっと僕はかってな行動をするだろうけど、この心が地上にある限り、最後まで君の味方であることを」 この誓いに、子供は子供らしくなく鼻を鳴らすと尋ねた。 「名にもかけられないような誓いなどいらん」 思わず笑い出した僕を、子供は不思議そうに見ていた。 やがてむっと鼻っ柱に皺を寄せる。 そのまま笑い続けていると、だんだんと不機嫌になっていくのが可愛い。 僕とセフィーの子供もそうだったよなぁって。 「魔女とガーデンは、僕たちSeedにとっては名前に懸けるよりも最上級の誓いなんだけどね」 「それは……わるかった。知らなかったんだ」 うつむいてしまった赤毛に手を潜りこませ、自分の子供達にやったようにかき回す。 「その重さを理解してくれたならかまわないよ」 「……ああ」 「僕は世界を敵に回しても君の味方だよ、ルーク」 僕の、この世界での始めての誓いは、こうして赤毛の子供に贈られた。 |