一般的な七夕
此方に適応するのに苦労していた頃にはあまり思わなかったのだけど、暮らしに余裕が出てくるようになってからは結構色んな元の世界のイベントが恋しくなっていた。
故郷を懐かしく思う。
私が何をやっていてもそういう文化のない此方にはまた何か変な事、珍しいことをやっているなと言うだけで、地域ぐるみの共感は得られないのだけど、それでも何もしないよりはいつでも私の心を慰めてくれる。
慰めを求めて、と言うわけではないが、数えで七つ目の月を迎えて私の心が疼いた。
旧暦だと大体8月にあって、自分の住んでいたところも旧暦で行なっていたのだけど、世間的にはだいたい新暦で行なわれていたイベント。
七夕だ。
恋に恋焦がれて結ばれて、結果として互いしか目に入らなくなって仕事を忘れて逢瀬を繰り返したために別れさせられ年に一度、しかも曇りではないと言う事が条件でしか出会えなくなった甘ったるいのか悲劇なのかよく分らない恋人の逸話のつく日だ。
しかも一年に一度とは人の寿命で言えば割と悲恋かもしれないけど星の寿命を人の寿命に換算すると数秒に一度は会っているという、割と良くわからない恋人同士になる。
それがどうして短冊に願いを書くと叶うとまで言われるようになったのか。
私はその由来までは知らない。
調べようにももう不可能な話だ。
懐かしむために必要なのは笹の葉。
笹の葉、と言っても熊笹では駄目なのだ。
竹も厳密には笹じゃない。
だけどそんなの関係ないね! 笹も竹も手に入らなかった実家じゃ柳の枝に短冊を飾っていたのだ。
関係ないよね。
まあなぜ笹の葉じゃなくて柳の枝なのかと親に駄々を捏ねた思い出がある。
そこまでしておいてその頃の私は笹と竹の区別の付かない子供だったと言う思いでもある。
だけどあと話を聞いてみたら私だけじゃなくて結構な数の人間がそういった経験があると聞いてほっと一安心した物だった。
故郷を懐かしむならもはや笹でも竹でもなく柳の枝が欲しいところなのだが、グランコクマの周辺には柳の木が見当たらなく、そして笹も竹も無かった。
どうしようか、と少しばかり思案した私は最終的に何も拘らずにとりあえず木の枝を一枝ちょうだいすることにした。
もともと実家にいたときから笹の葉サラサラ、という歌に沿うにはグダグダな内容の七夕である。
何度も言うが気にしてもしょうがない。
手に入れた名も知らぬ木の枝を一振りと短冊状に切ったカラフルな紙。
飾りつけは作るのが面倒だから放棄。
ま、こんなもんだ。
大き目の水差しに枝を差し込んでその姿を見る。
何の願いを書こうかと。
短冊に書いた願いは誰かに見られる事が前提だ。
あまりへんな事は書けない。
手元の紙をぱらぱらともてあそびながら考える。
そうだ。女性仕官の人にも書いてもらおう、といきなり思い立った。
一人が思いつけば連続的に二人、三人と思いつく。
いまブウサギランドに詰めている兵士の人たちにも書いてもらおう。
その方がきっと楽しい。
私は短冊を持って立ち上がった。
目指すは一路、女性仕官の人の下へ!!
「あ、いた」
と声を上げれば振り返った女性仕官の人の顔にはたくさんの疑問符が浮かび上がっている。
それはそうだろう。
ただ声を掛けたのならまた違っただろうけど、今日の私は片手にカラフルな短冊を。
もう片方の手にはペンを。
何かをしているのは確実だが何をしているのかは割りと分らない格好である。
「どうしたんですかルーア」
「あなたに、すこしお願いがあって来たの。いま良いかしら」
「ええ、かまいませんが。私にできることでしたら」
「難しい事じゃないから安心して。この短冊に、あなたの願いを書いて欲しいの」
「私の、願いですか?」
短冊とペンを差し出して言えば、女性仕官の人は私の顔をまじまじと見つめながらそっとそれを受け取った。
「私の、願い……」
短冊とペンとを見比べながら呟く。
「おまじないみたいな物、だと思うわ。私の故郷で毎年この季節に行なわれていたの。この短冊に願いを書いて、七番目の月の七の日に枝に飾ると願い事が叶うって」
「ルーアの故郷の」
「ええ、そう。もう由来とかが知りたくても尋ねることも出来ないのだけど。まあ、ね」
「それで、あの木の枝を捜していたんですね」
「そう。私の故郷でやっていた時には違う木の枝だったんだけど、見つからないからま代替品ね」
感傷に沈みそうになる感情に逆らってむしろ陽気そうに言葉をつなげる。
問われたわけでもないのに七夕に関する言葉がつらつらと口から突いて出た。
「字がきれいになりますように、とかそういった願い事から恋人に会えますように、とかそういうのまで何でもいいの」
「なんでも、ですか。むしろそういわれると迷いますね」
「そういうあなたに! まだまだ短冊はあるから、沢山書いて」
「欲張りだと嫌われないでしょうか」
「欲張りでも、良いんじゃない?」
彼女はもうすこし欲張りのほうが良いような気がする。
彼女に私は手にしていた短冊から数枚余計に握らせた。
「私ほかの人たちにもこの短冊渡してそのあとあの枝を外に出してくるから、書いたら飾っといてね!」
「ええ、分りました」
「あ、そうだ」
と言って私はさらに二枚の短冊を取り分けると女性仕官の方に手渡した。
「これ、よかったらピオニーとジェイドのところに手配してくれないかしら。間に合えば彼らの文も飾りたいと思うから」
「あなたが直接宮殿と軍本部に赴いたほうが早いのではないですか?」
「絶対に嫌よ」
私の名前と身分を証明する物と、あとは彼女が付いてきてくれればピオニーへの面会もジェイドへの面会もおそらくは簡単に叶う。
やった事はないからおそらくは、と付くがそれは確信だ。
ピオニーやジェイドの行動から見る核心だ。
本人たちもいつかは来いと言っている事でもある。
けれど私はいかない。
絶対にいかない。
よっぽど命や未来に関わらない限り自分からは行かない。
そう決めている。
彼らと私の間には簡単顔を合わせられるほどには狭く、けれど確固とした谷がある。
「じゃあ、頼んだわね」
「分りました」
快く了承してくれた彼女に微笑を投げ掛けて私はブウサギランドの奥へと向かって突き進んだ。
今日のターゲットは残り三人。
夜になって私は女性仕官の人と食卓を囲む。
24時間営業なんて馬鹿なことをやったせいで全員で揃って食卓を囲むことはないがそれでも夕食を一人で食べることはめったに無い。
本当なら七夕にちなんだ料理の一つや二つでも作ってみたかったところだったけど、七夕にちなんだ料理なんて素麺くらいしかしらなかった。
そうめんはさすがに手作りする事はできない。
私に作れるのはせいぜいでうどんくらいである。
確かそうめんを食べる由来は織姫にちなんで機織や縫い物が上手になるように、だったような気がするから、うどんではまるっきり台無しである。
ふだんであれば騒がしく間ではないもののそこそこ会話の弾む食卓が、今日は妙に静かであった。
なんとなく気恥ずかしくてもそもそと食卓が進む。
この年になって久しぶりに、こう、痒いような気恥ずかしさを感じている。
誰もが読めるものとは言え、うんまあ、書いたのも読んだのも恥しかった。
「ご馳走様でした」
手を合わせ感謝を捧げ、そして食器を持って立ち上がりながら彼女の顔を見ずに言う。
「裏口の戸締り確認してくるわ」
「あ、はい、お願いします」
そうして行った裏口で、私は戸締りの前に短冊の飾ってある枝の前に立った。
今日書いてもらった三人の兵士の方々の短冊がある。
ピオニーの短冊も、ジェイドのもある。
が、此方はまある程度予想通りだった。
ピオニーはネフリーと結婚できますように。
ジェイドはわざわざ短冊に書くような願いはありません、と書いて来た。
そのまま飾ったけが。
そしてその短冊を一つ手に取り読む。
『大切な人たちが、彼女が、幸せになれますように』
これは私の願い事を書いた短冊だ。
大切な人たち、にはジェイドやピオニーも含まれているけど、何だかんだ言ってもあんまり慎みとか、自分を押し殺すと言う事がなさそうで、結局自分で自分の幸も不幸も引き寄せては叩きのめしたりしていそうだから一括りでいい。
兵士の方々も恋人見つけたり子どもができたりけっこう自分で幸せを掴みに言っているからこれもまとめて。
けど、彼女は強く芯が通っていてけれど自分の事に関してはちょっと控えめだから心配になる。
そんな彼女に幸せが訪れるようにと、そう願った。
そして、もう一つ。
『私がルーアを守れるように、願います』
と書かれた短冊がある。
署名する風習を教えなかったから無記名だけど、字とか語調で彼女の書いたものだと分る。
欲張りになったら? とそう言ったのに、短冊はこの一枚きり。
つつましく、そして自分の事が後になる人だ。
だからこそより強く幸せを願う。
その彼女からの短冊を通して私に伝わった思いに、心が痒くなるような喜びがこみ上げる。
私はその短冊をそっと撫でてから、裏口の扉に施錠した。
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