佐藤沙玖夜のハロウィン



 ゾルディックの中庭で修行をしている彼らに精の付く物を食べさせようと、街まで降りて買い物に来ているところだった。

 それが目に入ったのは。




 正直なんで私は自分がゾルディックの庭に彼らと一緒に来ているのか分からないのだが居る物は仕方が無いのでまあ居る。

 ちゃんと門を開いていればミケだって脅威じゃないし、ゴンと付かず離れずいればごんの主人公補正の効果範囲内に何とか居られるんじゃないか? との思いも……あるかな。


 ゾルディックでの訓練は私にはちょっと軽すぎるのでひとりで別メニューをこなしている。

 それでも余力を見ているからへとへとにへたばっているゴンや特にレオリオなんかよりはずっと余裕があるので町まで買出しに出ていた。

 筋肉増強にはーー、運動の後にタンパク質! って試してカッテンが言っていた!

 からお肉。

 魚。

 牛乳。

 あとビタミンCでフルーツと、ゼリー寄せにするためのゼラチン。

 お肉入り野菜のスープと焼き魚と牛乳とフルーツのゼリー。

 主食はパン。

 単純だけど量をがっつけるメニューで考えてみた。

 だって相手は食べ盛りの男のこーーー。

 私は……なんだろ。

 食べ盛りのオカマ?

 げーー。

 一人落ち込み眼差しを落とした私の視界に入り込んだのは、路面に直置きされて打ち捨てられたような一つの、でっかいカボチャだった。

 興味を惹かれて見に行けば、一抱えもあるようなカボチャが1000ジェニー。

 これ食用?

 そうじゃなくても投売り価格。

 黄色いカボチャに思い出されるのはハロウィンだが、ハロウィンまであと一体何ヶ月あるのさ。

 そもそもこっちでハロウィンなんてここ数年来聞いたことないよ。

 まあ師匠たちの男所帯や天空闘技場でハロウィンあっても虚しいけど。

「店主。このカボチャは配達など頼めるだろうか」

 心の声では「あ、すみませーん! このカボチャの配達とか、やっていますかー?」だがそれを呑みこんで堅苦しく尋ねる。

 ああ、もういっそココロまで男になってしまえたら!

 長年培った、具体的には20年分のオンナゴコロが抜・け・な・い!!

「ああ、配達ですか? かまいませんが、何処まで?」

 私を見て一瞬ぎょっとした物の直ぐに「お客さん、見かけない顔ですねー」とにこやかに話す店主、だと思う人。

 アルバイトかな?

 ぎょっとしたのも、肩に担いでいた今日の晩御飯の材料のあまりの多さにだろう。

「ゾルディックの守衛の家ま」

「けぇってくれ!!」

 で、まで言えなかった。

 寂しい。

 でも仕方ないかー。うむ、仕方ない。

「ではカボチャだけもらっていこう。1000ジェニーだったな」

 と懐を探る、が。

 しまった!

 ATMにいかなきゃもうお金が無い!!

 ああ、無駄なお買い物しすぎた?

 だって楽しいんだもんお買い物!

 し、仕方ない、ここはひとつ、後ろ髪を引かれながらもいったんカボチャは諦めて……

 ほしい、欲しい……っ、けど!

「か、かぼちゃなんてもってってかまわねぇからさっさと行ってくれ!」

「そうか?」

 店主一体どうしたんだろう。

 なんだか顔色が悪いよ。

 も、もしかして持病の癪とか?

 だめだよね、だめだよね!

 ただで貰っちゃ申し訳ないよね!

 だって治療費とか、かさむでしょ?

「店主。つりはいらない。取っておけ」

 と言って私は十万ジェニー札をカボチャの代わりに置いてそのカボチャを担いで店の前を去った。

 これ以上はきっと、営業妨害だよね。

 ATMいかなくても十万ジェニー札があるんじゃん、って思うかもしれないけど、十万ジェニー札、たいてい日用品売ってる程度の個人商店じゃ使えない。

 額面が大きすぎるから。

 両替も頼めないのだ。

 額面が大きすぎるから。

 ああ、いい事したなー!

 と清々しく私はゾルディックの中庭へと帰っていった。









 あいつぁいったい何だったんだ?

 俺もそこそこ長い人生送ってきたと思っているがこんな奴に会ったのは初めてのことだった。

 カボチャの宅配を頼めるか? って声を掛けられて見上げれば、綺麗な顔して担いでいるのはブタか牛でも一頭いるんじゃないかってくらいのでかい包みを抱えている奴だった。

 気を取り直して配達先を聞いてみりゃ、送り先はゾルディックって言うじゃねぇか!

 それを聴いて俺は生きた心地がしなかったね。

 目の前の綺麗なあんちゃんの担いでいる包みも、中は折りたたんだ人間でも入ってるんじゃないかって勘繰っちまう。

 そいつが懐に手を入れて微動だにしない間、だんだんとこえぇか顔になっていく間俺は気が気じゃなかった。

 一秒がやけに長く感じられて、俺はとうとう耐え切れずに叫んじまった!

「か、かぼちゃなんてもってってかまわねぇからさっさと行ってくれ!」

 死んだな、と俺は思った。

 だがそいつは

「そうか?」

 などと惚けたように言って俺を見て小さく一つ頷いたように見えた。

「店主。つりはいらない。取っておけ」

 そう言って担ぎ上げたカボチャの代わりにぽんと渡されたのは……十万ジェニー札だって!

 くるっとふりかえったあいつの背中が人ごみにまぎれた頃、俺はへたへたと腰を抜かした。

 なんだこれは口止め料か?

 だがなんに対してだ?

 近々カボチャを使った暗殺でもおきるんだろうか。

 そんなバカな。

 なんだかわかんなかったが、俺はとにかくあいつとであったことを生涯喋らないと心に決めた。

 なんに対する口止めだかしらねぇが、あいつと会ったことそのものを言わなけりゃもんだいないだろうって考えからだ。

 いや、しかしヒヤッとしたぜ。

 手足とかすっかり血の気が引いちまって真っ白で氷のようだ。

 客寄せのつもりで捨て値で買い取ったカボチャだったんだがよ。

 もう二度と仕入れねぇって今俺は心に決めた。









 スープとゼリーと焼き魚でゴンたちの胃袋をいっぱいにしてその夜に私はあのカボチャを抱えて外に出た。

 ハローウィーンは10月でまだまだ先だけどそのころにこんな素晴らしいカボチャが手に入るとは限らない。

 なので今のうちにジャックオーランタンにして写真でも撮っておこうかと言う魂胆だ。

「トリック・オア・トリート」

 と拙い歌を口ずさみながらカボチャを切り刻む。

 と、かたん、と誰かの気配がしたので振り返る。

「なんだ。レオリオか」

「あ、ああ、邪魔したんならすまねぇ。ちょっと明かりが見えたもんだからよ」

 ふーん。そっか。後でランタンの中に入れるつもりだった作業用の蝋燭の炎に目を惹かれたのか。

 飛んでー、火に入る夏のなんたら。

 なんちゃって。

「いや、構わん」

「そうか?」

「そうだ」

 邪魔にもならないし。

 帰るつもりがどうやらないようなので私も黙って作業を進めた。

 トリックオアトリート、ジャックオーランタン。

「……なあ、その歌って」

「ん、すまない。耳障りだったか?」

「いや、そうじゃなくて……聞いたこともない、歌だったからよ」

 そりゃそうだろう。

「私も……もう正確には思い出せないんだ。私に、まだ(同居の)家族がいた頃の歌でな。もう(こっちの世界じゃ)私以外に歌える人間も居ないだろう」

「す、すまねぇ、サクヤ」

「いや、気にすることは無い。このカボチャも、この歌を歌う祭りのときに使うものなんだ。これも、もう私以外に知る人も居ないだろうが」

 欠伸を堪えた口元が引きつった。

 そもそも私の居たところでも、世界メジャーのイベントじゃないし。

 日本ならハロウィンより七夕でしょ。

 季節的には七夕のほうがまだ近いかもしれないけど竹ないし。

 笹竹。

「カボチャでランタンを作ると、その灯りを頼りに死者の国から先祖がやってくるのだそうだ」

 まぎれてお化けもやってくるらしいけど説明めんどくさいしいいよね?

 しなくても。

「まあ、弔う先祖も居ないが」

 だって私の親兄弟ご先祖様ぜんぶこっちの世界にいないからね〜。

 クラピーのご先祖様はいるだろうけど、それこそ私には実感が無いし。

 レオリオが黙ったので私はだまってカボチャを彫った。

 なんとか夜のうちに完成させて、暗闇にぼーっと目と口と鼻のところから光を洩らしているカボチャランタン、っていう構図の写真を撮りたいんだよね。

 あー、ねむたーい!!

 でも一度刃を入れたからには今日のうちに撮影しないと、明日になると切り口から水分とんでしわっとなってくるし、はじめたからには終わらせないと。

 でもあー、めんどくさがりの虫が出てきたなー。









 夜にふと便所に行きたくて目が覚めた。

 半分眠ったような状態で用を足してふと目の箸に映ったオレンジ色の光に目を引かれていってみれば、そこには一心不乱にカボチャを刳り貫いているサクヤが居た。

 あいつ、何やってんだ? こんな夜中に蝋燭の明かりだけでカボチャを刳り貫いているなんて。

 とり、おー、とり?

 鳥と鳥?

 なんだ? って気になって、もっと近くで聞こうと身を乗り出したそのとき、かたん、と手が立てかけたあったシャベルを揺らした。

 サクヤが振り返る。

 っち、タイミングわりーぜ。

「なんだ。レオリオか」

「あ、ああ、邪魔したんならすまねぇ。ちょっと明かりが見えたもんだからよ」

 驚いた様子もねぇ。

 気が付かれていたのか?

 こいつには計り知れないところがあるからな。

「いや、構わん」

「そうか?」

「そうだ」

 構わん、って言われたからなんとなく見ていたんだが、喋ることもないとなんだかちぃっと気まずい気がする。

 サクヤは気にもして無いみたいでまたあの意味の分からない歌を歌いながらカボチャを刳り貫いていた。

「……なあ、その歌って」

 聞くつもりじゃなかったんだが、あまりの気まずさに耐え切れなくてぽろりと口から出ちまった。

 俺が勝手に気まずがっているだけでサクヤはなんとも思ってないみたいだけどよ。

「ん、すまない。耳障りだったか?」

「いや、そうじゃなくて……聞いたこともない、歌だったからよ」

 質問の続きなんて考えてなくて困った。

 俺の問いかけにサクヤは困ったように苦笑いをして、それでもゆっくり答えてくれた。

「私も……もう正確には思い出せないんだ。私に、まだ(同居の)家族がいた頃の歌でな。もう(こっちの世界じゃ)私以外に歌える人間も居ないだろう」

「す、すまねぇ、サクヤ」

 まさかそんなピンポイントであいつの過去の触れちまうとは思わなかった。

「いや、気にすることは無い。このカボチャも、この歌を歌う祭りのときに使うものなんだ。これも、もう私以外に知る人も居ないだろうが」

 サクヤがあんまり切なく笑うものだから俺の中で罪悪感が膨れ上がった。

「カボチャでランタンを作ると、その灯りを頼りに死者の国から先祖がやってくるのだそうだ」

 まさか、サクヤ……。

 居なくなった家族を……?

「まあ、弔う先祖も居ないが」

 蝋燭の明かりでぼんやり照らされているサクヤの顔は酷く頼りなく見えた。

 先祖の霊を迎えるどころかあいつがあっちにいっちまいそうにみえて、俺はそこから立ち去ることができなかった。









 結局私は夜も深〜〜く回った頃、結局カボチャランタンを諦めた。

 立ち上がって膝についた土くれとカボチャのクズを払い落とす。

「……中に入ろうかレオリオ。ここは冷える」

「お、おいいいのかよカボチャは。まだ出来てないんだろう?」

「構わない。どうせ死人は蘇らない」

 それに私には幽霊でもいいから会いに来てよっていう人がこっちに居ないし。

 身に馴染みのない他宗教の行事なんてこんなもんだよねー。

 たくさんの人でわいわいやってるならともかくなんか眠たいし、一人ぼそぼそやっている虚しさが押し寄せてきたというか。

 レオリオとも話、弾まないし。

「サクヤ……」

「入ろう、レオリオ」

 早く寝たいから。

 そういう意味を籠めてにっこり笑うと、私は率先して守衛さんの家に入った。

 しかしレオリオ、なんか泣きそうじゃなかった?

 わっかんないなー、男の人の心の機微は。

 体は男、頭脳は女! ってなところなのかねぇ。




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