一般的なクリスマス



 あー……クリスマスが近づいてきた。
 もちろん、こっちの文化にクリスマスは無い。
 ハロウィンもそうだったが、日本人文化的なものはあまり無い。

 そもそも12月24日ではない。
 しょうがないから13月、ローレライデーカンの24日目に勝手に設定した。

 ここは月ごとに、聖人の祝いみたいな、私の居た世界でならキリスト教の聖人の日、のようなものはあってもクリスマスは無い。
 ユリアジュエが産まれた日なんて知らない。

 だが日本人ならクリスマスだろう!
 と歪んだ認識で思ってみる。
 分っているんだ。
 おもちゃ会社の商戦の一環だという事は。
 分っているんだ。
 パン屋やケーキ屋の商戦の一環だという事は。

 だけど子供のころもらえたクリスマスプレゼントは嬉しかった。
 ケーキなんてめったに食べられない代物も食べられた。
 宗教観なんて全くといっていいほど無い、ただ子供にとって楽しみな日だった。
 いい子にはサンタが来るって、信じていたのは何時までだっただろう……。




 前回のハロウィンは、ピオニーの連れて来たブウサギによって失敗した。
 ま、すぐにお菓子で機嫌をとられたのだが、心残りはあった。
 ゆえに、今度はクリスマスでリベンジしよう、と思う。




 一緒に居る兵士の方々にはまたしても私がいたところのイベントだと言って、今度は手伝ってもらった。

 モミの木、は分らないから見た目がコニファー系の幼木を掘り出してきて鉢に植え、店の入り口に置いて飾りつける。
 綿で雪を演出し、紙製では有るが星だけは凝った作りにし、後は適当に何か飾りつける。
 市販の飾りを使えないと、なんとも言えず不思議なツリーが出来上がった。
 各所にブウサギあり。

 紐付きのブウサギのマスコットがぶら下がっている。
 ……ブウサギランドだし、ね。

 店内も、そこはかとなく明るい雰囲気にレイアウトする。
 白と赤と緑。
 ご当地の方々にはわからなくても、これで私はなんとなくクリスマス気分になれる。

 当日の特別メニューを今から計画し、クリームたっぷりのケーキとチキン、これだけは欠かせない。
 そしてプレゼントも考える。

 サンタの真似事は出来ないが、普段お世話になっている人々と、後はアッシュやシンク、フローリアンや漆黒の翼に引き取られた子供たちと、漆黒の翼自身にも。
 そう考えるとたくさん物が必要になってくる。

 と、いうか、アッシュやシンクは何を喜ぶだろうか。
 その品物から不審を煽ってもならないし、ここは食べ物系統で行こうか?
 食べてしまえば跡形も無い。
 クッキーなら日持ちも……まあ、するな。
 なにより、安上がりだ。




 グランコクマ周辺はともかく、ダアト在住の人々や漆黒の翼の方面に24日までに届けるとなれば数日前から準備が必要だ。
 到着予定を事前に聞いて計画を立ててクッキーを焼く。

 混ぜて捏ねて伸ばして型抜き。
 形はツリー型にして、焼き上げたらアイシングで装飾する準備をする。
 その一方でとても日持ちのするパイも焼く。
 高速艇に乗せればダアトくらいまでは持つ。

 ナム孤島に送る分はもう型抜きとか気にしない。
 女性士官の方にも手伝ってもらう。
 千切って押して伸ばして焼く。とにかく量が大切だ。
 あそこは人数が居るし、ノワールにだけ送ってもしょうがない気がするから、たいしたものではないが量でサプライズ。

 各地には数日前にメッセージカードつきで発送し終わって、そしてとうとう勝手に設定したクリスマス当日が来る。
 まあ、クリスマス・イブ、な訳だが。

 それが当たり前だった頃は妙に冷めていたのだが、なくなってみるとなんだか興奮する。
 おお、楽しいじゃないかクリスマス。
 店が様変わりしていく様子は知っていたからか、ピオニーもジェイドを連れ立ってやって来た。

「ようルーア。今日は特別メニューが出るって聞いたぞ」
「ええそうよ。今日のチキンは力作なの。是非食べていって」

 すぐ奥の席へー、と言うことになるが。
 幾ら気さくな皇帝陛下とは言え、すぐにずっと居られたら落ち着いて食事も出来ない人々は結構いた。




「ほーう、これが今日の特別メニューか」
「ケーキとチキン、ですか?」
「ミートパイも少しだけクリスマス仕様よ」
「しかし、クリスマス、ですか? 各地に何か発送しているようでしたが」
「私の居たところではね……、この日に、お世話になった人たちや、子供たちにプレゼントを贈る習慣があるのよ」

 私の居たところ、と言ったとたんにしんみりとした雰囲気を作り出す二人。
 これは便利だ。
 黙らせたいときは“私の居たところの”で済むかも知れない。

「チキンを食べて、ケーキを食べて、パイを食べて、そしてプレゼントを贈るの。貴方達にも用意してあるわ。受け取ってくれる?」
「もちろんだ!」

 すぐに声を上げるピオニーに対して、ジェイドは眼鏡に手を添えて返事は無い。
 だが、勝手に差し出す。
 すぐ隣にはピオニーが居る。
 受け取らせる事は可能だと踏んだ。

「ピオニーには、これ。ジェイドのはこれね」
「なんだなんだ?」
「あけてみて」

 包装紙に包まれた箱をがさがさと開けるピオニーに対して、ジェイドは黙ったまま手を触れようともしない。
 勝手に一人で嫌な予感でも覚えているのだろう。
 隣のピオニーに渡されたプレゼントの傾向をみて判断しようとしているのかもしれない。
 失礼な奴だ。

「おお、これは!!」
「私から貴方達に贈れる物なんて、たいした物は無いから」

 物質的には確実に、相手の方が充実している。
 望めばなんでも手に入る人間に後は何を贈ればいいというのか。
 迷った挙句に私が贈ったのは――

「ブウサギの型抜きクッキーか!」

 アイシングで表情付き。
 プレーンクッキーとココアクッキーで模様も出した。
 手の込んだ一作だ。

「くくぅ〜! 食べるのが勿体無いぜ」

 と言いつつ見た目を堪能した後は早速ぼりぼりと食べるピオニー。

「うまい」
「よかったわ。喜んでもらえたようで」
「なあなあ、ジェイドは明けないのか?」
「私へのプレゼントでしょう? 貰った私が何時開けようと私の勝手でしょう」
「そういわずに、な?」
「……仕方ありませんね」

 自分のプレゼントに満足したピオニーが、今度はなかなか手をつけようとしないジェイドを促す。
 軽く拒んだジェイドだったが、更に促されればしぶしぶながらもラッピングに手を伸ばす。

 しゅるり、とリボンを解き、包装紙を解く。
 その中にある箱を開けて、中を覗き込んだ。

 ひくり、とジェイドのこめかみが脈打つ。

「なんだなんだ? どうしたジェイド」

 不振な様子のジェイドを見て、ピオニーが私が渡したプレゼントの箱を覗き込んだ。

「んん? んなっ! ぶっ、ぶははははははっ! ひーはははは、く、苦し、ははははっははは!! ルーア、お前最高だ! くくくっ……ジジェイド、それ付けてみろよ」

 腹を抱えて涙目になって呼吸困難になりながらもひたすらに笑い続けるピオニーに、ジェイドがキレた。

「ピオニー、覚悟はよろしいですか?」
「ちょ、まて! それを送ったのはルーアだろう!」
「もちろんルーアだって許しませんが、今は非常にピオニー、貴方が気に障ります」
「まて。まてまてまてまてまて!」
「いいえ待ちませんよ」
「ちょ、助けろルーア! っていねぇ! どこ行った!」

 ごめんねピオニー。
 私はもう逃走済みだ。
 じつはこの前のハロウィンのこと、少しは根に持っていたりする。
 力いっぱい自爆技だけど。
 今は逃げてもはっきり行って後が怖い事には変わりない。

「残念ですねー、ピオニー。頼りない増援も逃走したようですし、覚悟を決めてください」
「できるかっつーの! 怨むぞルーア!!」

 叫んで窓から飛び出していく。
 そこまでのやり取りで一応興奮を収めたらしく、ふぅ、と重たい溜息をついて椅子に座ったジェイドは、私の贈ったプレゼントを手に取ると、ぐしゃり、とそれを力の限り握りつぶした。

 開いた手のひらからぱらぱらとこぼれていくプレゼント。
 それを使ったところを見られなかったのは残念ではあったが、結果としては妥当であろう。
 その名は鼻眼鏡、といった。

 黒縁眼鏡に団子っ鼻。カイゼル髭もついている。
 見事なまでの鼻眼鏡だった。
 こうして簡単に壊されてしまったが、プラスチックなど普及していない世界の事だ。
 高々鼻眼鏡と侮る事無かれ。
 あれでも一品ものなのだから。
 やりすぎたな、と思ったがあまり反省はしていないので意味はないだろう。
 次のイベントの時くらいおとなしくしていようかと思う。

 次は正月。
 年賀状代わりのダイレクトメールもどきでも送りつけるしか能が無い。
 みかんとお餅は手に入りそうだから寝正月は確実だ。




 その後その日どうなったのか、私は知らない。
 その日は私も頑張って逃走した。

 ジェイドに送るのが壊される事が確実な髭眼鏡だけではあれなので、髭眼鏡の下にきちんとしたプレゼント、こっちは好みが分らなかったのでただのツリー型の型抜きをしたクッキーだが、それを入れてあった。
 後で見てみたところ、それはきちんとなくなっていたのでもって行ってはくれたのだろう。
 あの日から、私はどんな報復がやってくるかとビクビクしている。













 後日、ブウサギランドに私宛に贈り物が届いた。
 送り主は二人。

 恐る恐るあけた一つはピオニーのもので、メッセージカードと護身刀が入っていた。
 メッセージカードには、

『ルーアの言うクリスマスとやらには遅いのかもしれないが、俺からもプレゼントだ。出番が無い事を祈っている』

 と書かれていた。
 確かに、護身刀としての出番なら来ない方がいいだろう。
 女性仕官の人に見てもらったところ、一見華奢なつくりだがよく出来ているという。
 女性の手にも握りやすいように調整されているグリップ、そして装飾性も有るから身につけていてもおかしくない。
 そして最後に、これをもっていけば王宮への通行証になる、と言われた。

 ……ピオニーはよっぽど私を巻き込みたいらしい。
 やはり要注意だ。
 私の安全安心安泰な老後を邪魔するのは敵ではなく身内かもしれない。

 もう一つの贈り物の主は――ジェイドだった。
 こわごわと開けた割には中身は普通で結構ビックリしたのだが。
 見たところ、それはキャパシティ・コア。
 グランコクマにもC・コアの店は有るから分る。
 店主は、近頃のC・コアは装飾品としてのあり方のほうが強いと言っていたが、恐らくこれもそういった類なのだろう。
 文字が刻まれていたので、知識を総動員して読み上げた。

「カー……ルマ?」

 確か、意味は記憶……いや、まてまて。
 なにかちょっと違う。
 これは恐らく古代イスパニア文字での表記だ。
 だったら私には読めない。
 仕方無しにまたしても女性仕官の人の手を借りれば、それを見た彼女はものすごく微妙な表情に眉を動かした。

「……恐らくは『覚えていなさい』と言いたいのではないかと思いますが」
「あー……そう。悪戯が過ぎたかな」

 過日の騒動を彼女は知っている。
 だからC・コアにこめられた言葉を意訳してくれたのだろう。
 もう少し過激に言えば怨んでいるぞ、と。

「効果の程はどれくらいありそうな奴かしら」
「そこそこ以上は有るようですね。常に身につけておいてはどうですか?」
「無い才能は道具でカバー、か」

 なんだかんだと言いつつも案じてくれている二人に、私は深く感謝をした。







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