特務師団なクリスマス
ここにクリスマスは無かった。
いや、それはずっと前から知っている。
広めようと言う努力はしなかったけど、年の終わりの月の24日には僕はクリスマスって言うものがあるのだと言ってアッシュに毎年プレゼントをあげていた。
そのクリスマスだって、僕はキリエから聞いたものだけど。
だって僕達の世界にはキリスト、なんていう聖人居ないしね。
むしろハロウィンが同じようなイベントがあったことのほうが驚きだけど。
まあそっちの方はなんとなく分るんだ。
万聖祭。
元は死者のために火を焚く習慣で、地方ごとに違うし、キリエの居た世界でも死者のために火を焚く行事は地域ごとにたくさんあったっていうし。
キリエが知っているのはハロウィンともう一つはお盆って言うらしい。
お盆がどうしたって言うんだろう。
とにかく、もともとはそんなイベント無かったけど、お祭り好きのセフィがそんな楽しそうなイベントがあることを聞いて黙っているわけがなかった。
飾り付けして、パーティーして、プレゼント交換して。
こっちの世界に来て寂しがったのはむしろ僕なんだろう。
だってプレゼント交換の後には恋人達との甘い夜――って言うんだよ!?
いつも淡白なセフィを誘うのに恰好の口実じゃないか!!
むしろそれを聞いたときにはセフィより僕のほうが乗り気になったね。
クリスマスって言うのはそんな楽しいイベントなんだ。
何とか仕事をやりくりして都合を付けたさ。
早いうちにパーティーをして、子どもができてもその日には、いい子にはサンタさんがやってくるから早く寝なさいって言えば、小さい頃ならそれでもう大人の時間だ。
忙しい合間をやりくりして時間の都合をつけたことも含めて、僕にとってクリスマスと言う日が楽しい時間であったことに間違いは無い。
そしてそれはもちろん子供たちにとっても楽しい日だった。
それを、この子が知らないのは勿体無いと思ったんだ。
こっちの世界にいわくその聖人の誕生日が無くても、それなら僕の世界も一緒だし、もうほとんど騒いで楽しむためのイベントになっていたから関係ないしね。
だから僕は適当にクリスマスって言う日をでっち上げて、アッシュにプレゼントを送るようになって居た。
アッシュは早く寝ていい子に待っていればサンタさんが来る、って言うのが通じるような子供には思えなかったし、ただでさえとんでもなくいい子――もう少し悪い子になってもいいよって思うくらいの子供に、いい子にしていなきゃ、なんて言いたくなかった。
ケーキにチキンで小さく二人で楽しんで、初めのころは僕だけが贈っていたプレゼントも、数年すればアッシュの方からもくれるようになっていた。
考えてくれたのがよく分るから、僕はとても嬉しかったんだ。
キャパシティコアは今でも使っているし、貰った革製のポーチは気に入るくらいに風味が出るまで使った後エグゼターと共に大事に保管している。
いつかキリエに念をかけてもらうまでね。
で、だね。
今年はもうファブレの屋敷じゃなくて、神託の盾に居るんだ。
昔のようには行かないだろうなぁ〜、って。
可愛い? 部下達にもサプライズがあったらいいなって思うし、ね。
で、用意してみた。
24日じゃないけど年末に任務が入ったから、隊員全員連れて来た。
場所はケテルブルクだ。
雰囲気があるじゃないか。
バラムじゃホワイトクリスマス、何て無かったけど、キリエの感覚ではクリスマスは白いものらしいしね。
『地球の反対側ではサンタが短パンだったんだよ。なんだか凄くビックリしたけど、そういえば向こうは夏なんだよなぁ、って。なんだかしみじみ納得したのよね』
って言っていたし。
とまあ、雰囲気も有るところに任務が入った事だし、サプライズを用意しようと思ったんだ。
アッシュは知っているけど、他の団員はクリスマスなんて知らないし。
で、ホテルに予約を入れて、レストランを借り切った。
飲み食いし放題、明日の事は気にするな。ただし他の客に迷惑をかけたら叩きのめす。
恋人も家族も子供も皆連れて来い! 旅費までなら出すぞー!!って。
すごい、僕太っ腹!?
効果はあったんだ。
その日のために部下達は仕事に励んだし、恋人の居ない隊員たちはナンパに精を出した。
家族や恋人のいる人たちは特に嬉しそうにしていたし。
ケテルブルク高級ホテル、同行者がいれば一部屋確保したから。
親子夫婦恋人水入らず。
同行者が居ない人間達は数人まとめて一部屋、男同士で詰め込まれるから、その辺も必死だったんだと思う。
月の初めに予告したのに、ねえ見事なものさ。
もともと半数が妻帯者で、残りの更に半数は恋人が居た。
その残りもその日一緒に過ごす女性を見つけてきた。
恋人はいなくても、地元の幼馴染の子に声を掛けたりしてさ。
ケテルブルクへの旅行って、早々いけるものじゃないしホテルを取るならなおさらだから。
自分で企てたイベントだけど、僕、泣きたい……。
立食パーティーはとても楽しかった。
騒がしかった。
料理は美味しいし、お酒も美味しいし、普段僕はお金を稼いでも溜め込むばかりのほうだから、ばばーんと使うのはいいことだと思う。
ほら、神託の盾から支給されている分だけじゃないし。
で、同行者の分も予約を入れた人数分だけプレゼントも用意した。
僕頑張ったんだよ?
プレゼントがあることは伝えていなかったからこれがホントのサプライズ。
五十人分はとりあえずものすごく無難にグミの詰め合わせだけど、奥さんと恋人用にはストールや手袋やデザインが被らないように気を配ったし、子供には男女関係無いような木彫りのおもちゃ。
ねえ、僕頑張ったよね。
喜んでもらえたし。
でも、ね。
パーティーが終われば僕は一人だった。
うう、セフィ……。
君が居ないクリスマスはとても寂しいよ。
アッシュと二人だけでひっそりとやっていたときはそうでもなかったんだけど、みんなイチャイチャして仲いいところ見せ付けてくれちゃってさ。
普段は仕事が忙しいし、家族や恋人とたまには親睦を深めたら、って意味も確かにあったんだけど、僕は寂しい。
寂しいったら寂しいんだ。
ホテルの部屋で月を見ながら一人寂しく残り物の炭酸の抜けたシャンパンを飲んでいた。
ケテルブルク名物アイスワインは残らなかったんだ、仕方が無いじゃないか。
飲んでみたら気が抜けていただけだし。
美味しくは無かったけど。
アッシュと同じ部屋だけどアッシュも今はいないし。
そう。
へたに皆で楽しもうってパーティーなんかやってしまったから、祭りの後の静けさがなおさら寂しいんだと思う。
あと、気の抜けたシャンパンも寂しい。
いい月だ、って思うことで自分を慰めていたけど、外はなんとなく寒そうだから出ない。
コート着ていればキリエの念が掛かっているから問題ないんだけど、ケテルブルクの夜って見るだけで寒そうだしね。
哀愁の名をかたってぼーっとしていると、かちゃり、と静かに扉のノブが回される音がした。
アッシュが帰ってきたんだろう。
気の抜けたシャンパンを飲み干して、僕はアッシュを振り返った。
「お帰り、アッシュ」
「アーヴァイン……。まだ、起きていたのか」
「うん。パーティーが楽しかったせいか興奮して眠れなくってね」
真相は寂しすぎて、だけど。
ウサギじゃないから寂しすぎて死んでしまうことは無いけどね。
「そうか」
「アッシュはどこに行っていたんだい? 随分体が冷えているみたいだけど」
「……外、に」
「そと?」
外。
外って、そとだよね?
カジノは24時間経営だけどアッシュはまだコインを買えないはずだし、ホテルの中でのことならわざわざ外って言わないと思うし、えーっと、じゃあ外ってもしかして、
「ケテルブルクの外?」
「ああ」
「って、夜だよ! 危ないよ!? 何が出るか分らないよ!?!」
「それくらい知ってる」
本当に知っているなら一人で出てったりしないよ〜〜。
アッシュもこういうことに関してはもう素直に聞いてくれなくなったし、プライベートにまで師団長として命令するのは嫌だし〜〜。
団員としてはすっごく優秀だだから、なおさらだよ。
「大丈夫だ。ホーリーボトルを使っている」
「そういう問題じゃなくて、それでも心配ってことなんだよ」
「もうそんなに子供じゃない」
「まだまだ子供だって」
そういえばアッシュはむっと眉をしかめた。
ああ、なんか久しぶりだ、この平行線の会話。
どうしてくれようか〜〜、っていうかどうお仕置きしようかって考えていたとき、アッシュがなにかもぞりとした言葉を出した。
もぞもぞとしすぎていて聞こえない。
口の中で転がすだけじゃ通じないよ。
「探していたんだ。……これを」
「これ、って……」
ビックリだ。
ケテルブルク名物、じゃなくて、ケテルブルクでしか採取できないフリーズダイヤだ。
第四音素を帯びている特殊な貴石だ。
めったに手に入るものじゃない。
実際市場にはほとんど流通していない。
「これ、どうしたんだい!!」
尋ねておきながら自分は馬鹿かとそう思った。
市場には流通していないもの、今までアッシュが居た場所。
もう答えは出ていた。
「なにか贈りたかった。毎年、貰っているから」
「まさかそのために?」
「ああ。毎年貰っているのに……俺が贈れるものは、何もなかったから……」
負担になりたかったわけじゃないのに。
喜んでほしかっただけなのに。
本末転倒ってこういうことを言うのかもしれない。
「屋敷にいたときは、結局は全て父上のものだったから、今ならと思ったんだ。だけどいざそうなると何を贈っていいのか、分らなかった」
どうしてくれるこの子供。
ああ、また愛しさがあふれ出す。
もうちょっと甘えてよ。
もうちょっと我侭言ってよ。
もうちょっと何も分らない子供でいてよ。
「始めて俺が手に入れたんだ。受け取ってくれないか」
「……ありがとう、アッシュ」
そうまで言われてどうして受け取らないなんて選択肢があるだろう。
むりだね。
受け取ったフリーズダイヤは未研磨だけど、複雑に光を反射してとても綺麗に輝いていた。
月光がよく似合う。
「ありがとう。アッシュが僕のことを色々考えて贈り物をしてくれたのがとても嬉しいよ。けどお願いだ」
「……」
「もうこんな無茶はしないでくれ。ホーリーボトルだって絶対じゃないんだ。お願いだから、もうこんな怖い事はしないでよ」
「分った」
「約束してくれる?」
「……する」
僕の本気の心配を感じ取ってくれたのか、アッシュはしぶしぶでも頷いてくれた。
アッシュだってきっと、僕を喜ばせたかったはずなのに心配させちゃ本末転倒のはずだし。
「ありがとう」
「すまなかった」
「もういいよ。今回は無事に帰ってきてくれたからね。アッシュ、体も冷えているし疲れただろう? 今日はもう寝よう」
「ああ」
アッシュを促して僕達はそれぞれにベッドの中にもぐりこんだ。
まだ幼いアッシュがこの寒いケテルブルクで採取のために頑張ったのだ。
やっぱり疲れていたんだろうね。
すぐに寝息が聞こえてきた。
僕は嬉しさのあまり寝付けずに、ずっとアッシュから貰ったフリーズダイヤを手の中で弄んでいた。
どうしよう、これ。
そう、だね〜。
まずは研磨はいれない。このままの形でいい。
身につけていられるアイテムにしよう。小さくて失くしてしまいそうだから。
指輪、ネックレス、ピアス?
そうだ、ピアスがいい。
ちょうど念の掛けられていた僕のピアスはアッシュにあげちゃってから随分になるし、ピアス穴が埋まっちゃうから適当に買ったピアスはそうお気に入りって言うわけでもなかった。
丁度いいから、これをピアスにしよう。
そして、キリエに会ったら念をかけてもらおう。
色々頑張って用意したのに、その主催者が一人恋人の居ない寂しい夜だと思っていたけど、今日のようなら悪くない。
僕の恋人はセフィ一人だ。
彼女とまた会うようになるまでは、子育てに専念しようかと思う。
今日は意外なほど、幸せなクリスマスだった。
「ありがと〜アッシュ。お休み」
眠るアッシュの額に、自分の子供たちにしてきたようにキスを落とした。
どうかいい夢が見られますように。
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