ガーデンのハロウィン



 セルフィ率いる学園祭実行委員会、それなりに人数の集まった現在の名は学園イベント実行委員会。
 その学園イベント実行委員会は今、ハロウィンへ向けて燃え立っていた。
 といっても、バラムはハロウィンの本場ではない。
 独特の気風と文化を持つ暖かな島国である事もあってか、この地にはハロウィンを知らないものは居ないとしても、ハロウィンを正式に行なったものはほとんど居ない。

 世界各地から生徒が集まっているとは言っても、やはり住んでいる土地の今のあり方に人は染まっていく。
 ふるさとを大切にしながらも、今生きている場所を否定する事はできないし、そもそもSeedは徴兵制ではない。
 多くの人間は望んでここへ来るのだ。
 しかも、集まる人間の多くはいわゆる多感なお年頃だ。
 親世代のように固まった思考を持つものは少なく、孤児も多い。

 孤児院か、ガーデンか。

 全く知らない新しいイベントを持ち込むのも面白いだろうが、ハロウィンはそういうわけでもない実に中途半端な位置に居るイベントだった。
 そもそもハロウィンは、先祖の霊を祭る鎮魂の意味を持ち、収穫祭の時期に行なわれたものでもある。
 突き詰めて考えれば、もしやその方がSeedにはふさわしいのかもしれないが、馬鹿騒ぎをしたいだけなのだ、彼らは。


 学園イベント実行委員会。
 常に騒げるイベントとなる口実を探しているという、学園一のお祭り野郎どもの集まりである。


 地方から来た人間の意思をまとめる上でも、いっそのこと宗教的な意味は排した方がいい。
 自然とこの地方に伝わってきた形骸化したハロウィンと言う形に収まった。

 他地域から人が来ているといっても、トラビアはトラビア、ガルバディアはガルバディアガーデンに入る事が多い。
 戦後も遺恨があり、ティンバーなどのガルバディアに飲み込まれていった地域の人間などはむしろガーデンに入るならバラムガーデンに来る事が多いが、やはりバラムガーデンにはバラムの人間が一番多かった。

 卒業できても出来なくても、Seedになり損ねればバラム軍に人は流れていく。
 バラム軍を目指してバラムガーデンに入る人間もいる。

 バラム軍の門はガルバディア軍と比べるとあまり広くは無い。
 バラムガーデンに入っていた経歴は、軍に入るに当たって有利に働く。

 結局のところ、このガーデンには気質どおりのバラムの人間が多くを占めるのだ。









「死者が墓から飛び出して〜、魔女やお化けがやってくる〜!」

 陽気に歌いながらセルフィがガーデンをハロウィン色に飾り付ける。
 カボチャランタン、ゴースト、コウモリ、魔女、金銀黒のモールに枯れ落ち葉。
 そして気分を高めるために日に一度は空き時間にハロウィンの音楽をかけるという念の入れようだ。
 楽しむ気は溢れんばかりである。

「セルフィー! こっち終わったけど、どうする?」
「あ、ありがとーリノア! 後どのぐらいのこっとる?」
「ん〜……後教室一個ぐらいかな」
「じゃあ、まだ開いてる教室が会ったら頼むわ〜」
「了解しましたセルフィ委員長!」
「うむ、リノア委員、まかせた〜!」

 おどけた会話の後にビシ! とSeed式の敬礼をして二人は分かれた。
 教室も、あまり酷く無い程度なら飾り付けが許可されている。
 後片付けはしっかりとやらなければならないが、全く許可が下りないよりは気分がいい。

 ふんふんふん〜、と誰が聞いても機嫌がよさそうに鼻歌を歌いながらセルフィは飾り付けを続けた。
 こうしている今も、リノアを初めとした学園イベント実行委員会のメンバーがさまざまな下準備を頑張っているはずなのだ。

 バーティー会場の確保、料理の確保とメニューの提案。
 ハロウィンにはやはり、カボチャをカボチャらしく使ったメニューが必要だ。
 パンプキン・パイは基本だし、カボチャプリンにカボチャクッキー、カボチャのお菓子も欠かせない。
 こうして飾り付けをする者と、周囲に周知して歩く者もいる。
 つまり宣伝である。
 日付を知らなかったばかりにせっかくのイベントに人が集まらないのでは寂しすぎる。
 仮装の衣装の貸し出しも始めていた。
 また来年も使うとして、衣装製作の依頼を一般にも出している。
 今年の仮装者には来年のための寄付も呼びかけていた。




 そして、多くの人が出払っている学園イベント実行委員会、臨時委員となった御堂霧枝。

 彼女はイベントは参加するのも主催の方でも楽しめるが、この委員会の予定するイベントの多さ故に当分は参加する側でいようと思っていたところ、今回セルフィに引き込まれた。

 担当は、カボチャランタン作り。

 人の食用ではない黄色い大きなカボチャをナイフでぐりぐり刳り貫いて綿を取って顔を付けていく。
 水っぽいカボチャを刳り貫いている間に部屋に満ちた妙に青臭いような胸焼けのするような匂いには窓を開けるだけで目をつぶる。
 中身は、霧枝としてはどうせ自分で作るなら本格仕様で蝋燭といきたいが、消防法……があるのだろうか?
 判らないが危険性が増すので仕方無しに電球にしようとした。
 ふとその時に、彼女は己の持つ周囲からすれば奇妙な能力を思い出したのだ。

 複製の錬金術師。
 この能力を使えば火の無い炎、あるいは蝋燭の炎でありながら融けること無く消える事無く、燃え移る事無くあるものを作れるのではないか、と。

 幸いにも明かりに関する記述など意識するほどでも無いようなものがさまざまなものにちりばめられている。
 すぐに本に尋ねたところ、本は可能である、とそう答えた。

 霧枝は喜んだ。

 本に試算を出させたところ、それも安い。
 明かりは基本中の基本だからだろう。
 さまざまな形で人々は明かりを求める。
 人工の明かりだ。
 消えない明かりだ。
 多くの不思議を内包する世界にとって、消えない明かりなどもはや珍しいものではない。

 そこで霧枝は早速三つ、試作品を作った。

 なかなかできのいいようだった。
 いっそのことジャック・オー・ランタンとしてふさわしく、光源のわからないようにと蝋燭はいれず、刳り貫いた中でゆらゆらとしながら光っている風に見えるようにしてみた。
 霧枝は大満足だった。

 そこで霧枝は調子に乗った。

 仮装衣装を作っている人物の部屋に行き、黒い布を大量に手に入れるとそれを部屋でびりびりに引き裂いて、二本の棒を十字に括りつけた棒に巻きつける。
 振り回せばひらひらとしたたるみが風にひらめいて、布自体の新しさはどうしようもないがぼろい雰囲気はかもし出せた。
 お化けっぽい。
 その布を巻いた棒の頭にカボチャランタンを乗っける。
 カボチャランタンが頭になったハロウィン仕様のカカシになった。
 霧枝は更に満足した。

 そこで霧枝は突飛な考えに走った。

 そうだ、これが動けばいい。
 ゴーレムだって基本中の基本だ。
 別に生肉かき集めてフレッシュゴーレムを作ろうとしているわけで無し。
 土や無機物からのゴーレムは驚くほど簡単にほいほいと誰もが作っている。
 本に試算を出させれば、ランタンにしたときほどではないが難しい行動プログラムを組まなければかなり安い。
 一つ自腹を切って製作して、彼女はイベント実行委員会委員長であるセルフィにそれを見せに行った。

「うわ〜、なにこれ。かわいい〜!」

 カボチャランタンのカカシは、セルフィの前で踊った。
 クルリクルリと三ターン。
 かかとを鳴らしてセルフィの周りをくるりと回って三周すると、新たな人間を求めてテンテケテン、と廊下を行く。

「と、こういうわけで、無害、可愛い、雰囲気もある。ハロウィンのカボチャ、皆これにしちゃ駄目かな。今から作って、作るたびに学園に放し飼いにするの。ハロウィンの日まで少しずつ数が増えていくって」
「いい。いい〜〜! うわ〜うわ〜キリエは凄いな〜」
「いや、そうまで言われると照れるよ〜」

 微妙に移りがちなセルフィの口調だ。
 しかも霧枝としてはこんな小細工の出来る自分よりもセルフィのほうが凄いと、純粋にそう思っている。
 故に凄いとほめられても少し、素直に受け止められないところも合った。
 それでも、パーティーを盛り上げられるのなら構わない。

「で、さ。試算を出したところだいたい」

 カクカクシカジカ

「なくらいの出費になるんだけど、経費で落ちるかな? 最終的には熟達すればどれくらいか判らないけどもう少し落ちると思うし、増えれば割引も利くし」
「う〜ん、難しいとこやな〜」

 と、弾いた電卓を見せたなら。
 一つ唸ったセルフィは、それでも二カッと笑って了解を出した。

「おーけー! それ行こう!」
「やったー! サンキュ、セルフィ。私頑張ってくるから!!」
「うん。がんばってね〜」

 手を振るセルフィに見送られて、霧枝は遠く誰かの黄色い悲鳴を聞きながら部屋へと駆け戻った。
 俄然楽しくなりそうな気がしていた。












 その時から、増える増えるカボチャランタンのカカシ。
 ハロウィンまでもう2日も無い。
 カボチャは百個。
 霧枝はとにかく作った。
 傍らに置いた本から紙面で愚痴を言われつつも作り続けた。

 プログラムは、止まっている人間の前でならその周囲を三周し、動いている人間の前でならその視界の中で三ターンする、といった程度のものだ。
 人を傷つけるプログラムでもなければ助けるものでもない。
 まさにただ動いているだけのカボチャは安い安い。

 ジャック・オー・ランタンと言うべきかスケアクロウと言うべきか。
 ここ最近のセルフィの口癖であるリズムを口ずさみながら霧枝はカカシランタンを作り続けた。




 いきなり学園に溢れ始めたカカシランタンだが、さすがに最初の一体以降については学園側にも周知されていた。
 ただでさえ熱くなるお祭り気分を更に盛り上げるカカシランタン。

 夜にいきなり振り向いたりするとかなりドッキリするが、それもまたハロウィンらしさを盛り上げる。
 モンスターの跋扈する訓練場にも入り込み、ひらひらとモンスターの爪や鞭を避けて踊るランタン。
 その逃走ぶりはサボテンダーにも匹敵する。

 踊るランタンを見て嬉しそうなリノアと、そのリノアとカボチャを見て、カボチャに対してわずらわしそうな表情を見せるべきか一緒に喜ぶべきか迷うスコール。
 セルフィが喜べばなんでもいい男アーヴァインは時々カボチャと一緒に踊っている。
 はじめの一体を作って放した時に、女生徒から黄色い悲鳴が上がったように、概ねのガーデン生には好評だった。




 そしてハロウィン当日は、多くのカカシランタンがパーティー会場に集められ、暇のある多くの人間がカボチャ料理に舌鼓をうった。
 仮装をし、トリック・オア・トリート! とうたい、訳がわからなくても馬鹿笑いをして、踊るカボチャランタンとダンスをする。

 セルフィの行動に抜かりは無い。
 リノアとキスティスとタッグを組んで、自分からは絶対に仮装などしないだろうスコールにも仮装衣装を着せていた。

 魔女の仮装をしたキスティス、化け猫の仮装をしたセルフィ、三又の槍を持ったリノアはリトルデビルの仮装だ。
 ハロウィンのオレンジ色の光に照らされるミニスカートから伸びた足がスコールの目に眩しい。
 可愛い化け猫にじゃれ付かれているアーヴァインは大満足だ。
 ゼルの彼女の三つ編みの図書委員がシスター服で見慣れないゼルの目を惑わせている。

 苦難の末スコールをヴァンパイアにする事に成功したリノアは大喜びで彼の腕を取って歩きパーティーを楽しんでいる。
 ミイラ男のゼル、狼男のサイファー、背中の十字が逆になっている神父服を着込んでいるアーヴァイン。
 トランプになったニーダが歩き難そうに会場内を闊歩していた。
 転んで頭の王冠が遠くまではねとんだ。
 悪いことは言わないニーダ。
 ジャックとは言わないが数字の兵隊の方が恐らくきっと似合うだろう。

 人々の間を縫うようにカボチャが踊る。
 作り物の腕を振り回してカカシが遊ぶ。
 そうして夜は更け、目一杯に楽しんだ人々はそれぞれに散ってゆき、後には有志の片付け隊が残された。
 あまり人数が居ても邪魔になる。

 行動の邪魔にならないカカシは後に回されて、まずは大雑把に大型の配置物を片付けた。
 学園中に貼り付けた飾りは更に明日から有志の片付け隊を募って始める予定だ。
 霧枝の作った生きている箒や生きている雑巾が床の清掃を始める。

「みんな〜〜、今日はここまでにして休もう〜〜?」

 一時間ほど経ったころだろうか、セルフィが呼びかけてひとまず解散となった。
 祭りの後でテンションは高いがやはり疲れている。
 この後に任務が控えているものは残っていないが、今日がなくても明日があり、明日がなくてもそのあとがある。
 学生には授業もある。
 疲れを留まらせるのは得策ではない。

 ぱらぱらと賛同の声が上がり、立ち去りつつも片づけをして、パチン、と最後の照明が落とされた。
 天窓から降り注ぐ月明かりに照らされて暗がりでも踊り続けるカボチャランタンたち。
 そして掃除を続ける箒や雑巾。
 特に何かおかしなことは無いなと見とって、責任者であるセルフィは扉を閉めると鍵をかけた。




 翌日からが、本番となる。




「あ〜! もう、キリエ〜〜。あれなんなの〜?」
「くっ、はっ……!」

 網を振り回してセルフィが癇癪を起こし、とっくに網を捨てたスコールがライオンハートを振り回す。
 だが、当たらない。

「わかんないよ! 私だってこんなに足が速く設定した覚えないし!」
「サボテンダーより早いぜ、こいつ等!!」
「だけどねぇ〜」

 散々追い掛け回した霧枝が肩で息をついていると、当たらなければ壁を傷つけるので下手に使うことの出来ない銃を肩の上に乗せて、アーヴァインがぼやいた。

「な〜んかこう、間抜けな姿でさ、切迫感が沸かないんだよねぇ〜」

 とん、とん、とお得意のエグゼターで肩をたたきながら言う。
 そののん気さがこの場にあって誰かの神経を逆撫でる。
 一人魔法の使用を禁止しされたリノアが会場の隅でこの乱痴気騒ぎを見守っていた。




 全てを捕まえる事に成功したのは五時間後だった。
 全ての荷物を排した上での大仰な作戦だった。
 実に壮絶な戦いの末に、投げ網で捕らえられグルグル巻きにされたカカシランタンたちは、それでも網の隙間から動いていた。

「これはどうするんだ」

 呆れと疲れを滲ませてスコールが言った。

「いや、私にもどうしてここまで動いているのか判らないし、そもそもどうしてサボテンダーより高い回避を誇っちゃう訳?」
「製作者にわからなくて僕に分るわけ無いじゃないですかキリエ」
「……なんとなくね。フィールならこたえられそうな気がしたんだけど」
「なんですか? それ」

 つんつん、と網目から漏れた木の棒で出来たカカシの腕をつついてリノアが言った。

「でも、処分ってなんかかわいそうじゃない? せっかく捕まえたんだし、来年も使おうよ〜、ね? スコール」
「せやせや。せっかく捕まえたんやしな〜?」
「ちょ、おま、来年もこの騒ぎを繰り返すってのかよ! 俺はもうごめんだぜ!?」
「そ、そうですか? わ、私は……その、結構楽しかったんですが……」

 最後の方はごく小声で、ゼルさんと一緒に仕事をするのが、と真っ赤に為りながら呟いた。
 小さい声でも、それが聞こえていたゼルはとたんに真っ赤になって、先ほどとは打って変わってこちらも小さく反論を唱えた。
 現金なものである。

 長い疲労のゆえだろう。
 議論は長く続かなかった。
 来年も使うということで一応の決着が付き、彼らはそれを一年寝かしておくために物置に放り込んだ。

 誰も振り向かなくなったそこで、カボチャラタンの頭をした黒いカカシはうごめき続ける。
 網目を緩め、解き、深夜。
 一体、また一体と、扉の隙間から外へ、更に外へと出て行った。




 その日、バラムに新しい魔物が生まれた。




「バラム島に新種の魔物現る、だってさ〜、キリエ?」
「ぐがああぁぁ」

 新聞の記事を読み上げるアーヴァインにキリエがうなり声を上げた。

 人の目の前に現れてはただ踊って去っていく謎のカボチャランタンのカカシ。
 無害だからかのん気なバラムでは取り立てて何か対策をするということも無いが、今までのモンスターの生態系などからは、進化の仮定上ありえない生物として各所から注目されている。
 それに対してガーデンは、全ての沈黙を保った。



















アナライズ

ジャック・オー・ランタン
HP10 弱点属性なし



ハロウィンの日の翌日からバラムに現れた謎の魔物。
人に害を加える事は無く、現れてもただ踊って去ってゆく謎の案山子。
ハロウィンの翌日からチラチラと目撃例が挙がっている。
黒いぼろきれを巻きつけた十字に棒を括りつけただけの案山子の体に明かりの灯ったカボチャの頭。
季節的にもハロウィンの魔物、ジャック・オー・ランタンとして、そのコミカルな仕草から地域の住民には好意的に受け止められている。
バラム島に突然発生した異種生命体か?
あるいは無機生命体か。
誰かの作った悪戯か。
サボテンダーをも凌ぐ脅威の回避率を誇るために、いまだ捕まえる事に成功したものは居ない。
真相は不明だが、このジャック・オー・ランタンを見るためにバラムに訪れる観光客も近年増えている。
なかでも深夜、闇夜に振り返るカボチャランタンが人気らしい。
暗闇にぼうっと光るのがいいという話だ。







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