一般的なハロウィン
こっちの暦は良く判らない。
13ヶ月も有る上に一月も二倍近くある。
今でもまだ月の名は時々間違えるくらいだ。生粋の地球人。
睦月皐月神無月といわれた方がまだ覚えられる。
自分に横文字の名前を付けておいてなんだが、私は横文字に弱い。
そんな私だがイベントごとは大好きである。
もちろん、日本の祭りも大好きだ。
神輿に出店、太鼓に唄。
そして海外の祭りも、大好きだ。
ハロウィンだってよく知らないが、形骸化したものだけならば知っている。
カボチャを彫って蝋燭を点しランタンにして、トリックオアトリート、といってお菓子をもらって仮装する。
仮装してお菓子を貰う?
まあ、いい。
すでに正確な事を知る事ができる環境には無い。
向こうが懐かしい事を少しやってみたくなっただけだった。
イベントは好きだが、盛大な事はしないことに決めた。
一つだけ、カボチャを手に入れた。
大きくて黄色い人の食べるためのものでは無いカボチャだ。
動物の飼料にはなっているらしい。
だが、人が食べるにはみずっぽすぎる、と。
仮装もしない。
時にはカウンターの向こうに魔女や狼男が立っていてもいいかもしれないが、衣装が面倒くさかった。
私は裁縫が得意ではない。
ちょっとばかりメニューにカボチャを使ったものを増やしはしたが、それだけだ。
夜までに彫り終わって、日が暮れたなら火を点して、店の前で一晩楽しめればそれでいい。
真剣なカボチャ工作に、幾度か何をしているのか尋ねられた。
カボチャでランタンを作っているのだといえば不思議そうに首を傾げられた。
私の生まれた地方の風習で、この時期になるとカボチャのランタンを作るのだ、といえば聞いた事が無いといわれた。
それはそうだ。
今は無い凄く小さな村だったから、といえばもうそれ以上突っ込んで聞かれる事は無くなった。
彫り上げたカボチャランタンは、歪な形をしていたが私としては概ね満足だった。
初めて作ってこれなら、だいたいいいところだろう。
丸まっていた体を伸ばして大きく伸びをした。
「うーん! じょうできじょうでき、と。あとは、背の低い蝋燭と、燭台かしら……。この後は仕事だし、それは後かしら、ね? ……ああ」
一通り出来たと思った頃には休み時間が10分を切っていた。
まずい。
非常にまずい。
今の私はそのまま店に出られるような風体ではない。
体はカボチャのカスだらけ。しかもこのカボチャ、水っぽくて彫りやすいのはいいのだが臭い。
普通に日本の食用カボチャを切り分けていたときよりも格段に水分を含んでいるためか匂いが拡散している。
手は黄色い。
カボチャを放り投げるようにその場において急いで一通りの身支度を整える。
カボチャ臭さが抜けないのでしょうがなく店の換気を強くした。
水の都市だからあまり埃っぽくは無いが、それでも多少の埃は入る。
掃除に気をつけなければ、と思いながらその日の私の仕事は始まった。
ピオニーが来るまで。
月末決算日和。
私の居た現代社会とは違い、サラリーマンと言うのはそう多くない。
多くの人間が忙しくなり、私の店は閑散とする。
だから狙ってきたのだろうか、と少し思うがどうなのだろうか。
「よっ、ルーア。今日も元気だな」
「ええ、おかげさまで何時でも月末は、やっぱり暇ね。今日は特別な料理を用意したのに、あまり流れないわ」
「そうなのか?」
「あまったら夕食に出すから、まあいいんだけどね」
実際そうだ。
あまった日には皆で夕食に。
無い日には改めて何かを作る。
捨てるのは勿体無い。
「なあなあ、なら俺にも何かを出してくれよ」
「いいけど……」
私はふと、思いついた。
「トリック・オア・トリート。言ってみて?」
「トリック、オア、トリート?」
「そう。よく出来ました、ってね。はい、カボチャのお菓子」
「おお、カボチャのプリンにクッキーか! で、それはどういう意味なんだ?」
「お菓子か悪戯かって意味よ。今日は、私の故郷ではハロウィンって言う日で」
細部は気にしたらいけない。
「子供たちが家々を回って大人に尋ねるの。トリック・オア・トリート。尋ねられたら大人はお菓子を上げなくちゃいけない。そうしなくちゃ悪戯されちゃうからね」
「ほー」
といってお菓子に手を伸ばしたピオニーのてをピシャリと私は弾き飛ばした。
「その前に、その紐をつけているブウサギ、何とかしなさい?」
「そういわずに。俺はブウサギと一緒にお菓子をだな」
「だめ」
「ちぇ。ルーアはケチだな〜サフィール」
「しかも洟垂れ?」
よく見れば、確かに僅かに鼻水が垂れていた。
余計に一緒には居させられない。
「外に出せとは言わないから。サフィールならおとなしいし、奥の部屋に入れておいて」
ピオニーはしぶしぶ奥の部屋にサフィールを放ち、私は彼によく手を洗わせてから差し出したお菓子の類を食べさせた。
出来立てほかほかの暖かいプリンは、やはり秋には美味しい。
客が居ない上にピオニーが居るので他の兵士の人たちも入ってこない。
一人で食べさせているとピオニーが寂しがるので、私も一緒にカボチャのお菓子に舌鼓を打った。
秋のカボチャは美味しい。
一通り益にもならない話をして、そろそろ自由にしておいてくれる時間も終わりだろうとピオニーが重い腰を上げた。
「気をつけて帰るのよ」
「だーいじょうぶだって。いざとなればサフィールもいるし」
「はぁ……あれこそ主人の危機には真っ先に逃げ出しそうだけどね」
「まあいいじゃないか」
雑談をしながらサフィールを放した奥への扉を開けて――私は愕然とした。
「なっ――っ!」
「よしよし、サフィール。いい子にしていたか〜?」
駆け寄ってきてブヒブヒと鳴くサフィールをわしわしと撫でるピオニー。
その傍らで私はただ、立ち尽くしていた。
「ん? どうしたんだ、ルーア」
「……ピオニー」
「だから、どうしたんだって」
「あれ」
「なんだ?」
指し示す先には、カボチャが。
「お、こんなところにもカボチャだな。顔が彫ってあるのか? どうするんだ、このカボチャ」
ピオニーが持ち上げてくるりと回す。
確かに顔の部分は残っていた。
だが、後ろの部分が全く無い。無傷で残っていた蓋も乗らないだろう。
これではカボチャランタンではなくカボチャ仮面だ!!
「私の、頑張って作ったカボチャランタンが……」
「ランタンなのか、これ!」
そしてサフィールの口の周りには黄色い繊維と食べかすが。
「サフィールが食べたのよ!」
「あ……」
満足そうにげぷ、っとサフィールがげっぷをした。
確かにそのカボチャが家畜の餌になるとは知っていた。
知っていて油断した私が悪かったのか?
ポチ以外、家畜や動物と言う存在が全く身近でなかった。
知識として知っていても、実感が無かった。
ああ、まさか、私の苦労の結晶が……
夢破れ、そのまま言葉もなく、ピオニーへの挨拶もなく黙々と鈍い動作で仕事を始めた私が一体彼の目にどう映ったのか。
翌日、ブウサギランドの私宛にピオニーからどっさりと大量のお菓子が届けられた。
トリック・オア・トリート?
ブウサギにはお菓子を上げなかったから悪戯されたんだ。
美味しかったから許す。
あっという間に気分がよくなる。
多分宮殿のお菓子なんだろう。
物がいいのは良くわかる。
ピオニーからすればもう食べ飽きて庶民の味が、と言ったところなのかもしれないが、その庶民から言わせればいわずもがな。
食べ物で懐柔される自分に少しだけ思うところもあったが、まあ、いい。
最終的にはハッピー・ハロウィンだ。
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