試験!の前の???




 やっと誤魔化そうとする努力をしなくても呼吸と脈拍が正常に戻った頃に立ち上がったらトンパが今頃のこのこと近付いてきた。

 私のところに来ようとしていた二人をやって来たトンパが足止めする形になっているようだった。

 試験管早く来て。私のところにトンパが来ないうちに。

 実物のトンパは想像以上にこう……小汚い? 親父だった。

 脈拍と呼吸は戻ったがそれでも恐怖が体の芯にこびりついているようだった。



ヒソカ怖いヒソカ怖いヒソカ怖い



 床を見つめながら内心でのみぶつぶつと呟く。

 しばらくはレオリオトゴンに話しかけてたわいも無くヒソカの異常性などを話していたトンパが来なくて良いのにあの下剤入りジュースを持って私のところに近付いてきた。

「いよう、あんたはどうだい? お近づきのしるしにジュースでもさ」

 床から顔を上げて一瞬だけトンパを見る。

「もらおう」

「あ、ああ」

 飲むわけではないがしつこくお勧めされるのが面倒だったから受け取ったが、なんだかトンパが挙動不審だ。

 不自然に身を固まらせたトンパから直ぐに視線を逸らしてゴンとレオリオを見た。

 不思議だな。

 一般人には死亡フラグ満載の運命が待ち構えているあんな子供の姿でさえ、ヒソカやトンパと比べれば安らぎが得られるなんて。



 なぜかそそくさと私の前から立ち去ったトンパがゴンとレオリオにジュースを渡しにいく。

 ゴンが味見して吐き出して、レオリオが缶を逆さにして中身を捨てるタイミングにあわせて私も自然にジュースを廃棄しようと思ってプルタブを明けて待っていた。

 もしかして私はヒソカに目を付けられたんだろうかああやっぱり女装でレオリオと衝突と言う身体だがクラピカでさえなければ本物のフラグが立ちそうなイベントに慌てすぎてこの試験会場にたどり着くまでに纏を解いて念を知らない一般人を装ってこなかったからだ。

 でもその理論だとそのうちイルミにも目を付けられるんじゃないかと思うとドキドキするよママン。

 だってさ、いまさらだけど好奇心に負けてゴンの近くに居てしまったってことは、少しであってもそこらへんをふらふらしている人たちよりはキルアに関わる可能性が高いわけでああもう怖いよパパン。

 張り詰めた緊張を解く事が出来ずに体を覆う纏が勝手に防御体制を作り出そうと強固になっていくような気がする。

 纏一つ満足に操れないなんて師匠にばれたら叱られそうだけど変態とヘンタイの間に挟まれたらそれも仕方が無いことだとは思わないかな。

 そんなことを考えながら悶々としていたら床を見ていた視界の中に電灯の光を反射してきらりと光るものが目に入った。

 きらり。

 何処かで見た事がある。

 ジュースを持っていないほうの手で耳に触れてようやっとそれがなんなのか気が付いた。

 私の、耳のカフスが無い!!

 耳を隠す髪の毛の存在によっておそらく誰も気が付いていないだろうカフスが!!

 そしてあそこに落ちているのは私のカフスではないか!!

 自分自身でも時々存在を忘れるカフスが!!

 高価なものではない。

 まして思いつきで買っただけで思い入れのあるものでもない。

 だが、だが!



断じてトンパに踏まれて良いものでもない!!



 条件反射に等しかった。

 危険人物であるヒソカやイルミに見られるかもしれないという意識も吹っ飛んでいた。

 ただただトンパに踏まれるというのが嫌だった。

 蓋の開いたジュースの缶を放り投げ、その手から鎖を伸ばすと今まさにカフスを踏みつけてゆこうとしていたトンパの足に絡ませる。

 その短い足が地面に付く前に、私はぐいっと引き寄せた。

 突然のことにうわぁ! と悲鳴を上げながら倒れてゆくトンパ。

 宙を飛ぶジュース缶と緩やかな曲線を描きながら零れ落ちてゆく下剤入りの中身。

 ハンターになることさえなかったが、毎回の厳しいハンター試験で終局間際まで居残り、生き残るだけはある身体能力でおそらくは自分を襲った犯人、この場合は私だが、それを確かめようとしたのだろう。

 空中で身を翻したトンパは見ることになった。

 悲鳴を上げたために開いたトンパの口に、まさに狙い撃ちのように降り注いでくるジュースのことを。




「うわ」

 あ、




 ごくん




 ジュースを飲み込むトンパの喉。

 そして時が止まった。

 ぐびり、と見守る誰かの喉が鳴る。




グギョギョギョギョギョギョゥゥゥゥ




 ものすごい音がなった。

 怪獣の鳴き声かと思ったがどうやらトンパの腹の音らしい。

 その音の凄まじさに周囲の視線がトンパに集まった。

 ザァ、とトンパの顔から血の気が引いていく。




ギョギョグゴゴゴギョゲゲグギョゥゥゥゥ




 すたん、と尻を押さえて立ち上がったかと思うと蟹股気味にふらふらしながら真っ青な顔で冷汗をかきながら出口に一直線に向かって行った。

 真っ青と言うか、真っ白と言うか、土気色?

「ど、どいてくれ!」

 エレベータの前に居た豆っぽい人もその悪い意味での気迫に気圧されてかエレベーターの扉を開けてしまう。

 ふらり、ふら、とその中に入り込んだトンパ。

 それが閉まる寸前に《プピョー》とかきこえたけど気のせいよね。

 だって聞きたくないし。

 ……人間の尊厳を守れなかったか。

 ちょっと、臭いかな。




 遠くのほうからざわめきは伝わってくるが、周囲が静まっている。

 私は悲しみを籠めて先ほどまでトンパがいた所へと歩いて行った。

 そして悲しみを籠めて床を見つめる。

 トンパめ。

 そこには結局トンパに潰されて使い物にならなくなったカフスがあった。

 さっきも今も、私以外の誰にも気が付かれなかった憐れなカフスだ。

「天誅だよ」

 呟いても気分は晴れない。


 トンパめぇぇぇええええ!!


 悲しみにくれる私など関係ないといわんばかりに周囲のざわめきが膨れ上がった。

「お、おいサクヤ。あんたあのジュースに何か入っているのを知っていたのか?」

「……レオリオか。ああ、知っていた。あいつは……油断なら無い男だ」

 期せずしてトンパを試験から落としたことになるが、私の気分は全く晴れなかった。

 まるでこの地面でつぶれているカフスのように。

 レオリオがものすんごく悔しそうな目で私を見ていた。

 かと思うとふん、と荒々しい鼻息で区切りでもつけたかのように清々しくまるで青春マンガの登場人物がライバルに『負けたぜ』と言うときのような雰囲気の目で私を見てきた。

 なんか、マンガを読んでいたときよりも訳のわからない人のイメージだな、レオリオは。

 やはり人間どうし、触れ合って見なければ分らない一面もあるということなのだろう。

「うわー! やっぱりサクヤは凄いね! 何でも知ってるんだ」

 きらきらした眼差し、というやつをどうしてこの子供はこうも素直にできるのだろう。

 私ももしかしたらこの輝きを青春の向こう側に落としてきたのだろうか。

 って、なんだこの哲学もどきの後で読み返したら恥しくて逃げ出したくなるようなポエム思考。

 まあいいや。

 ふむ。

 ここで実年齢レオリオ以上の真の大人としては何か言わなければならないだろう。

「ゴン。私は何も知らないよ。どれだけの知識を深めても何でもと言うほどには私は何も知らない」

 そう。

 遥か昔にならった√とか文字式とか定理とか法則とか、今となっては私は何一つ答えられないのだよ。

 忘れちゃったから。

 真の大人と言うよりいけない大人の代表例じゃないの? とかちょっと思ったり。

 でもなんかちょっとかっこいいこと言えたんじゃない? とちょっといい気分になっていると凄まじい音量で目覚ましのベルが鳴り響いた。

 やっと、一次試験の試験管の登場らしかった。

 やっとなんだか纏わりついていたたくさんの眼差しが無くなってすっきりした気分だ。

 念も知らないし、戦えば多分自分のほうが強い人々ばかりなのだろうけど、やっぱり厳つい人々に睨みつけられるように凝視されるのって落ち着かない。

 しかしあれは何の視線だったんだろう。

 はからずもトンパを下したことになる私に対する拍手喝采、じゃーないよね。

 一度はトンパに引っかかったこともあるのかもしれないなにかしらでトンパに足を引っ張られたんだろう二年目以降の受験者達には自分の毒で自滅するトンパの姿なんて心が清々しくなるくらいの出来事なんじゃないかと私は思っていた。

 けど、どうやら周囲的にはそうじゃないみたいでビックリだった。

 お願い、見ないで!!

 なんというかさ、注目度とイコールで危ないのに目を付けられる確率が上がりそうでいやなんだよね。









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