英雄、なんてな。




 汗と吐瀉物の饐えたにおいのする船室で平気な面してやがるのは俺と黒いつんつん頭のガキとすました顔していやがるそいつだけだったからな。

 ちょっとは気になっていたさ。

 そいつもちょくちょく俺の事を見てくる。

 ここでも牽制か。

 そいつの視線はハンター試験は既に始まっているんだって、俺に実感させたな。

 それにしてもどっかで見た顔だと思うんだが思いあたらねぇ。

 ずっと考えていたんだが、名前を名乗った後船長の言葉でやっと判った。



忘却劇場ヴァーミリオンミラージュ



 そう渾名される奴だった。

 俺は医者になるのに懸命で天空闘技場なんかにゃまったく興味は無かったんだけどよ、俺のダチがそういうのが好きで面白い試合のテープが手に入ったって俺にも強制的に見せてきた。

 最初は無理やり見せられていやいやだった俺も、気がつけば画面に食い入るように見ていた。

 ちびたガキだっつーのによー、いやに目を引きやがる。

 はじめに見た時は絶対にこのガキの負ける試合だと思ったんだが、小さい体で対戦相手を翻弄して、あれよあれよの間に勝っちまいやがった。




       どう見ても対戦相手よりよわっちいガキが相手を翻弄して勝つ。




 俺はこの頃からなんとなくだけどハンターになる道も視野に入れていたんだが、戦う事は得意じゃなかったからよ、どうにか違う道はないもんかって思っていたもんだった。

 それが、こいつの試合を見たら勇気付けられた気がした。

 侮っただけかもしれねぇけどよ、こいつでも勝てるんなら俺でもいけるんじゃねぇか? ってな。





 その実力は、いま存分に見させてもらった。

 俺が支える腕の中で、鍛えてはいるみたいだがそれでもやっぱり薄っぺらい体が力を籠めて鎖を引く。

 あの黒髪のチビとこの船の船員がその鎖の先には絡めとられていて、こいつがその二人の命綱だった。

 俺でも無理か、と思ったときに後ろからもう一つ手が添えられた。

 船長だった。

 それを感じたのか今まで最後の力を入れるのを躊躇っていたこいつの体に更に力が籠められた。

「いっ」

 掛け声と共に引き上げられる二人が嵐の空に水の尾を引く。

 場違いにも綺麗だな、なんて思っちまったぜ。




 仲間を助けられた船員達が次々とそいつの、サクヤの肩や背中を叩いていく。

「おーい野郎共!! 我等が英雄忘却劇場ヴァーミリオンミラージュを迎えて宴会だ!!」

「だから、私は違うと!」

 船長が声高に言ってもサクヤは違うといい続けた。

 自分がそれほどの物ではないと、まだ謙遜するのか?

 謙遜も過ぎれば嫌味だぜ? サクヤ。

 俺はあんたを気に入った。

 あれだけ見事に人を助けて当たり前だっつって鼻にかけない。

 なんかスパッとしていて気持ち良いじゃねぇか。






 おり良く嵐もやんできて太陽が顔をのぞかせていた。

 大騒ぎをはじめる船員達を遠目に一歩引いたところで見ているサクヤは濡れた金髪が太陽の光にキラキラ輝いていて――へっ、かっこよかったぜ。




 どんな形であっても、人を助けるってのは凄い事だと思ってる。

 俺は、あの時も今も――助けられなかった人間だ。

 こいつは、英雄と呼ばれるにも値する人間だと、俺はそう思うぜ。





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