サクヤ、か……




 あいつと初めて会ったのは、ちょっと前に取った二人の弟子とこれから山篭もりしようかって時だった。

 準備の為に数日町に降りた時に、噂を聞きつけてやってきたらしい。

 なんだな。

 厄介事は嫌いだからよ。

 そんな目立つ事はしていないつもりだったんだけどよ。

 それを見つけるほどのあいつの観察眼だったってことだろ。

 何でだか知らんが、念も知ってたしな。

 初めて会った時は、酷く汚れた服にでっかい荷物背負ったちょっと小奇麗な顔をしたガキとしか思ってなかったんだけどな。

 弟子にして下さい、ていうからよ。

 たかだか十二、三のガキがよ。

 改めてじっくりそのガキを見たら――。

 なんともいえないもんだったね。

   


 苦行を現すとでも言うのか、げっそりと頬の肉はこけ落ちて、服は泥と埃、あと煤だな。

  煤がこびり付いて酷いもんだった。

 本人には大して怪我もないようだったが、一人二人じゃない、濃厚な血のにおいとその腐敗臭が漂ってきた。

 ただ事じゃないと思ったね。

 そんなガキだったが、目だけは爛々と輝いて生きる意志を失っちゃいねぇ。

 俺が拾わなくても、きっとどこかで生きていきそうな気はしたわな。

  まあ、とりあえず俺は言った訳だ。

 常套句ともいえるそれを。

「弟子はとらねえ主義なんだ」

 なんだな。もう二人弟子がいたしよ。

  これ以上増やすのもなぁ、っておもったんだ。

 ま、何人か集って切磋琢磨ってのもある意味理想だが、そりゃ師匠の力量によるわ。俺にゃ向いてねぇ。

 飼い犬と呼ばれるのも嫌がったくせに、協専ハンターなんてしていたただのオヤジだ。

 大体これだけ言えば、面倒事は去るはずだった。

 だけどよ、そのガキは、真っ直ぐに俺の目を見てもう一度言った。

「私を弟子にして下さい」

 言ったきり、ぱたり、だ。

 ぶっ倒れやがった。

 仕方ないから連れ帰ったけどよ。

 仕方ないから、弟子にしたけどよ。

 まあ、なんだな。

 結局は、あの目を見ちまった俺の負けだろ。

 力のある青い目。

 あの目の意思に、魅了されちまった。

 ときどき綺麗な色をした目ん玉が裏で流れてるけどよ。あいつの目はどんなに綺麗でも、抉り出して飾っても価値はねぇ。












 弟子にしてみて分ったが、あいつは才能もあるらしい。

 弟子入りしてから一週間経つかたたないかの頃に、晩飯とって来いっていったんだよ。

 肉が食いてぇな、ってな。

 修行するのにあんまり危険な場所選ぶわけにもいかねぇからよ。

 ここらで食えそうな肉と言えばまあ、兎ぐらいなもんだ。

 クマも猪もいねぇ。

 だけど、ここの兎は足が速いので有名な種だ。

 先に取った二人の弟子が、ようやっとその兎を捕まえられそうなくらいに成長したからここに移ろうと思ったんだ。

 弟子入りして一週間のガキに捕まえられるとは思っちゃいなかった。

 けど、あいつは取ってきやがった。

 思わず兎を凝視してたら、あいつ不信そうなつらしてやがったな。



 二週間目には絶で気配を消していた俺に気付きやがった。

 あんときゃあせった。

「何か御用なんですか」なんていわれてもな、見つかるなんて思っちゃいなかったから何にも考えちゃいねぇ。

 降りてあいつの真剣な目を見たら、言い訳も出来なかった。



 三週間目になって念の事を切り出したら、サクヤのやつ、知ってやがった。

 あいつの二人の兄弟子も、まだ発の修行はしてないし、俺もカナタの目の前で念を使って見せたことはなかった。

 念とは何か? 見たいな事を聞かれると思ってたんだが。

 それどころか念についてもっと突っ込んで知ってやがった。

 やっぱ只者のガキじゃねぇ。

 何を焦ってるのか、兄弟子達と違って時間はたっぷりあるだろうによ、無理やり精孔を開けてくれって言った。

 まあ、それで成功して、一日しか寝込まない辺り、兄弟子達とは素質が違うな。

 翌日にはもう普通の生活に戻っていたしな。

 兄弟子、っつても、サクヤと違って、ハンター試験に受かったばかりの二十なんてとっくに過ぎたむさい男だ。

 あいつらは、精孔を無理やり起こしたら、余裕で一週間は寝込みやがった。

 長いほうは十日だ。

 まるっきり才能がねぇ。

 死ななかったのが奇跡だと思うぜ。



 まあ、あいつはあんまり喋んないやつだったが、先に取った二人の弟子もあいつの事は可愛がってた。

 俺としても、教えれば飲み込みの言いあいつは教え甲斐があったしな。

 組み手をしてても、なかなかセンスがいい。

 調子に乗って先に取った弟子二人とおんなじくらいまで修行のレベルを上げたんだが……

 あいつは本当に鍛え甲斐がある。

 一千万人、一億人に一人クラスの才能じゃねぇが、確かに才能も備え、努力もする、根性もある。

 厳しい事やらせても文句もいわねぇ。忍耐もある。

 俺は嬉しくなっちまったね。

 













 で、まあそんな頃だった。

 クルタ壊滅の話が俺の耳に入ったのは。



 破壊された村の様子では、すでにもう一月くらいは経つらしい。

 そういや、俺がサクヤを拾ったのもその頃だったなぁ、と。

 泥まみれ草塗れはともかく、煤と血臭は普通の旅じゃつくもんじゃねぇ。

 こんなガキんちょが保護者もなくあんなになって旅をしているのも不自然だ。

 服を買ってやれば見事なまでにみんな黒を選ぶ。

 そしてあの目の輝き。意思の光。

 もしかしたらあいつが生き残ったクルタ族じゃないかって確信を持ったのは、偶然あいつを怒らせたときだった。








「なあ、サクヤ」

 俺が声をかけると、今まで膝をついて休憩していたらしいサクヤが顔を上げる。

 その眼がまっすぐ、俺の目を射抜いた。

「お前もしかして、クルタ族か」

 初めはなんだかんだ考えていたんだが、あの目を見た後には考える事もなくなった。

 遠まわしに尋ねる意味を失った、つった方がいいな。

「そうだとしたら、どうしますか」

 真っ直ぐな青い瞳は、警戒するのか。俺の反応を見ているようだった。

「どうもしねぇよ。お前は俺の弟子だからな」

 いうとあいつは何かを決意したようだった。

「滅んだクルタの生き残った一人。国際人民データ機構にその人物はクラピカと言う名で登録されているはずです」

 思わず怪訝そうな顔をしてしまう。

 な〜んか妙な言い回しだ。生き残った子供はクラピカって言う名前らしい。

 けど目の前にいるのはサクヤだ。

 俺の早とちりか?

 口を開く前に牽制された。

「ですが、クラピカは、殺しました。サクヤと言う名が」

 物騒な言葉がついてくる。

 けれど見ているあいつの目は、感情の高ぶりにあわせてかだんだんとクルタの証、緋の色に染まっていく。

 あいつはクルタの血を引いている。

 今もこうして一族の理不尽な滅びに怒り、悲しみ、その目を緋に変えていく。

 その緋色は、色素の欠乏による赤とは違い、噂以上に綺麗だった。

 そして跳ね上がるオーラ。

 その質すらも変わっているようだった。

「一族の滅びを見届けて。その亡骸を地に返し。その時クラピカも死にました」

 生まれなおしか、と思う。

 人が人生の切り返し地点で、過去との決別や新しい道の為に名前を変える事はままある。

「この先どこかでクルタ族の血が発現し、誰かが緋の目を得る事があっても、それが一族となる事はないでしょう。クルタのクラピカは、一族と共に死んだんです」

 だんだんと緋を失っていく目を見て、残念に思う俺がいた。

「クラピカの死を悼み、私がサクヤである事を――師匠には認めてもらいたい」

 瞳の緋の引いたあいつは、またあの青い瞳で真っ直ぐに俺を見つめた。

 俺の頭じゃなんて声をかけてやればいいのか、分らなかった。

 だから。








  「サクヤ」








 名前を呼んだ。

 あいつは小さく笑ったから、はずれじゃなかったんだろう。



 あいつは、一族の滅びをその目で見たんじゃないかと、思った。

 言葉少なに何かを思い、黒を纏って喪にふくす。

 復讐を誓って力を望んでいるのか。

 あるいは……。俺にゃわかんねぇな。

 とにかく分っている事は。

 幻影旅団に襲われて、ただ一人生き残った子供。

 只者じゃないと。







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