転落する螺旋階段



 親父を倒して、エボン・ジュを倒して、長い夢は終わった。
 ユウナの前じゃ強がっていたけど、体がだんだん薄くなっていくの、すんっげー怖かった。

 祈り子たちの夢が終わる。
 その夢の産物である俺も終わる。

 わかっていた事だった。
 ユウナにはちょっと気が付かれていたような気もするけど、俺にしてはなかなかうまく隠し通せたと思う。
 アーロンに言われた事あるしな。
 お前は隠し事が下手だ、って。

 ユウナが抱きついてきて、俺の体をすり抜けちまったときはなんつーか、切なかった。
 最後なのに、抱きしめる事もできないのかって。
 アーロンの奴が行っちまって、俺にももう時間は残されていなくって、せめてユウナの目の前で消えてしまうことだけはしないって決めて飛空挺から飛び降りた。

 どれくらいの高度が有るのかよくわかんねーけど、地面に激突する前に消えれれたらいいなって思ったら、思わず迎えが来ていてびっくりだったぜ。

 アーロンの奴に、ユウナのオヤジさんに――ジェクト。俺のオヤジ。
 何でそんなにいい面してるんだか。

 呆れたように思っていたのに、何でか俺の顔にも同じような笑みが浮かぶ。
 俺は吸い込まれるようにそこにいって、誇らしく手のひらを叩きあった。

 どうやら地面と激突する終わりは避けられそうだって思って、せっかくシンの居ない永遠のナギ節が来るのにそれをユウナと一緒に迎えられない事を悔しく思っていても、胸には誇りがあふれていた。

 祈り子が言っていた言葉を思い出す。
 『海をつくろう』って。
 俺のための海。
 親父がいたら――ブリッツをするのもいいかもしれない。
 メンバー集まるかな。
 共闘も対決も、親父とは一度もした事が無かったからな。
 ぜってーぶっ潰す。
 そう思うと、わくわくした。
 強がってんじゃねぇよって、殴られそうだって思った。

 そうして俺は意識を失った。
 真っ白になっていく。
 次はきっと海でって、そう思いながら。




 まあ、海には行き損ねたんだけどな。
 なんつーのかよくわかんねーけど、死人になり損ねた死人のようなもんかな。
 きっとそれが俺の未練――なんだろうな。

 かっこよく飛空挺の甲板から飛び出しておいて、情けないけどさ。
 未練たらたらで、消え去る事もできない。

 ずっと異界に居た。
 むかし異界に来たときお袋が居たからそうだろうとは思っていたけど、夢でも死んだら異界にいけるんだな。
 びっくりだぜ。

 自分が生きているとは思わなかったけど、意外なほどしっかりと俺は俺だって思いながら漂っていたと思う。
 いつもはっきりしているわけじゃないけどさ、ふいに水面に浮かび上がるように覚醒ってーのかな。
 意識がはっきりするような時があって、そんな時は祈り子たちが話し相手になってくれた。

 死人になる寸前くらいに意思が強いからこうして時々覚醒するけど、そのうちだんだん頻度が低くなって、いつか完全に異界に漂う幻光虫になるらしい。
 そもそも俺はスピラの人間じゃないし、死んだわけでもないし。
 シンの夢の終わりに、その夢に半分包まれたままやって来たような俺のザナルカンドの住人たちとも違ってすっげー半端な位置に居るらしい。
 夢が終わったから夢は消える。
 当たり前だけど死んだわけじゃないし、シンの見た夢だって、スピラの上に住んで居なかったってだけで存在しなかったわけじゃないしな。

 シンと一緒に来た奴等はあっという間に異界の一部になったらしい。
 分るような気はする。
 俺のザナルカンドはすっげー平和な場所だった。
 昼も夜も街は明るく照らされて、魔物の脅威なんて無いに等しいし、時期が来ればみんなブリッツボールで盛り上がる。
 こんなぼんやりしたところに来て何時までも自分自身で居られるような強い精神を持った奴なんてそう居るはずが無いんだ。

 親父とアーロンも側に居るような気がするけど、わかんねぇ。
 祈り子は居るって笑いながら言ってたけどさ。

 指笛を聞いた気がする。
 何度も、なんども。
 気のせいかもしれないけどさ、ユウナだったら――いいなって。

 言葉は交わせなかったけど、ユウナにあったような気がする。
 一人で夢見てたら、虚しいよな。

 何とか必死に、すり抜けないように。後ろからユウナを抱きしめた。
 ユウナもそっと抱きしめた俺の手に手を添えてくれた。

 そんな記憶が有る気がする。
 わかんねぇ。

 レンって奴と、シューインって奴が時々現れて異界をかき回していった。
 そのたびに俺は目が覚める。
 祈り子の奴は覚醒の頻度は落ちる一方だって言っていたけど、この調子ならどんなもんかな。
 他人の恋路なんて見てもつまんねーっつーの!!
 しかも悲恋だし。

 あのシューインってやつ、ザナルカンドに居たらしいし祈り子が見た夢の住人である俺の、もしかしたらモデルだったのかも知れないと思った。
 シューインってやつを知っている誰かの見た夢が、オレ。
 けど絶対親近感なんて沸かない。
 沸いてたまるか!!
 俺のユウナを誘惑するなっての!
 しかも許せない事にはあいつ、ユウナを見ていない。
 ユウナに誰かを重ねて呼んでいる。
 ぜってーぶっ潰す!

 親父に笑われたような気がする。

 異界ってのはぼんやりしていて、時間って言うのがよくわからない。
 ぼんやりと過ごして、ユウナを思って、それでも死人にはならないっても思って、時々ユウナを感じて――。

 俺は異界でぼんやりと過ごしていたけど、異界ってすんげー情報が沢山ある。
 死んだ人間が皆集まっているわけだから頷ける事だったけど、これに曝されるから意思が強くない人間はあっという間に溶け込んでしまうんだと思った。
 時々ユウナが来るくらいならそのうち消えていけると思った。
 けどシューインやレンが来て俺は地上を知りたくなった。

 ユウナはいつも悲しみをつれてくるから。

 異界の外まで案内したような気もする。
 ちゃんと帰れたかな、ユウナ。

 そのうちヴェグナガンが来た。

 それからはもう異界はぐちゃぐちゃ。
 意識が覚醒したときに話し相手になってくれた祈り子達も理性を失ってあいつの手駒になった。
 苦しそうに精一杯抵抗していたけど結局ダメだった。

 千年の夢から解放されても、ゆっくり眠る事もできないらしい。
 せっかく祈り子像から解放されたのに、今度はヴェグナガンに――それを操るシューインに繋がれた。

 すっげームカついた。
 俺のモデルだからって容赦するか!
 ぶっ潰す!! って思ったけどさ、今の俺、死人ですらないんだよな。
 もどかしさにギリギリしていたらそのうちユウナたちが倒しに来た。

 順番にシューインに乗っ取られている妙な男達と、なんていうか妙な恰好をした派手な女の人とノッポとデブと、ユウナとリュックとなんか黒いパインって女性。
 なんかかっこいい雰囲気だよな。
 ちょっとあこがれる。

 ヴェグナガンをタコ殴りにしているとき親父たちがすっげー応援していて笑えた。
 いつもはぼんやりしているのにさ、亀の甲より年の功って言うのかな、こういうの。
 年上の威厳、とか父親の尊厳、とか、なんかいろんなものかけていたような気がする。
 俺も力いっぱい応援した。
 けど、声が届いていたかはわかんねぇ。
 まあ、さ。
 届いていなくても、あれだけ親父たちの声が響いていたら負けるものも勝っちまうって!!

 最後にはシューインとレンが離れてしまった心をまた近づけて、二人で異界に溶け込んだ。
 ちょっとだけ羨ましかったのは、秘密だ。




 ユウナ。
 ユウナ。
 ユウナ、ユウナ!

 すぐ側に居るのに。
 触れられそうな近くに居るのに。
 ユウナも、おれが居ること分っているのに、どうして触れられないんだ――。

 死人にはならないって、決めた。
 ユウナを悲しませるから。
 でも今だけでも死人でもいいから、ユウナを抱きしめたかった。

 俺はいつか俺じゃなくなって、異界の一部になって、めぐり巡ってまた生まれなおす。
 俺の全部は異界に散って、何も持たずにいろんな物と交じり合って色んな物に生まれなおす。
 樹や、蟲や、人や、もしかしたらモンスターかもしれない。
 ユウナを思う俺が散っていく。
 ばらばらになっていく。
 拡散して、薄くなって――

 もう、留められない。
 なんとなく、さ。ユウナはもう立ち直って、一人でも生きていけるって確信、しちまったからかな。
 もう俺はいいんだって。
 こんなところでユウナの事心配していなくても、ユウナは自分で歩いていけるんだって。
 分っちまったからかな。

 見てるなよ祈り子。
 おれは泣いてなんかいねぇっての!!









 だったはずだったんだけどな。

 なんでか気が付いてみたら体には浮遊感があって、目の前にはシンの巨大な顔があった。

「でぇぇぇぇぇぇぇえ!!」

 叫んだとき飛ぶのが終わった。
 ぶっ飛ばされていたのか自分で飛んだのか分らないけど放物線の頂点が終わって後は落下の一途を辿る。
 重力に引き摺られて落ちた先は何の冗談つーか……スフィアプールだった。

 混乱する観客席。
 もう試合どころじゃない。
 シンがやってくる。
 剥がれ落ちた鱗がシンのコケラ――魔物になってここを、ザナルカンドを襲っている!!

 それこそ何の冗談だって!!
 スピラのザナルカンドは廃墟だった。
 千年前の戦争の後からずっと死んだ人間たちと魔物の都だった。
 オレのザナルカンドは消えた。
 シンと一緒に、俺と一緒に。

 こんなところに有るはずが無いんだよ!!

 俺は壊れたスフィアプールから飛び出して、シンに向かって走った。
 この展開ならもしかしたらアーロンのオッサンが来るのかもしれないけど知るもんか。
 あのオッサンの事だからどうにかするだろ!

 剣は無かったけどそこらにあった棒切れを掴んで突っ走った。
 そういえばあの剣、親父が帰ることが出来たら俺の土産にって買ったんだったよな……。
 あーっもう! 考えるのやめやめ!!
 今はただ突っ走る。

「シンのコケラなんて何匹倒しても意味が無いんだっつーの! 適当に蹴散らしてオレはいくぜ!!」

 口では威勢のいいことを言って、けどそうでもして自分を鼓舞しなきゃその場で座り込んでしまいたかった。
 どうして。
 どうして!

 祈り子の夢は終わった。
 ヴェグナガンも倒されて、やっとゆっくり眠れるのに、どうして夢は続いているんだよ!!




「うわぁぁぁぁぁーーーっっっ!!!」





 叫んで、走って、ひたすらシンを目指した。
 また見つけた、バハムートの祈り子。

 そういや前も、始まりはこの祈り子だったような気がする。
 なあ、もう夢は終わったんだろ?

 尋ねる前に世界は止まった。
 あの時のように、音も無く世界は固まって、オレはふわふわと浮いている。
 あの時だって何をしていたのかなんてよく覚えちゃ居ない。
 今回も、気がつけばまた真っ暗になっていた。

 そして目が覚めたのは、こうなりゃもう案の定、って言う感じだったけどパージ・エボン寺院だった。

 せっかく生きているらしいのに、心臓が止まるかと思った。
 死人が心肺停止で死ねるのかどうか知らないけどさ。
 つーか、ブリッツの選手が溺死なんて笑えないっつーの。

 とりあえず必死に泳いで寺院をめざす。

 冷たくても、凍えそうでも、生身で感じる事ができる水の感触はとても気持ちよかった。




 やっぱり腹に檻みたいなのを持つ魔物……たしかジオスゲノイ? と戦闘になったけど、今度は楽勝で倒す。
 シンを倒した実力なめんなっての。
 ルールーに黒魔法だって教わったし、ユウナには白魔法を教わった。
 習った頃はマッチの火とポーションとどっちがマシかって威力だったけど、最終的にはそこそこ使えるようになった。
 やっぱり魔法より直接攻撃の方が得意だけどさ。
 剣は……無いけど。
 ザナルカンドで掴んだよくわかんない棒切れはまだ握っていた。

 ただ、ジオスゲノイ倒して折れちまったんだよなぁ。
 たしか寺院の内部に入ったらまた変な魔物がいた気がするし。
 まあ、逃げ回りつつ魔法をぶっ放せばいいか。

 ずっとぶるぶる震えていたけど、魔物とバトルしてそこそこ体も温まって俺はそのまま祈り子像のある部屋を目指した。
 もしかしたら何か聞けるかも知れないし。
 まあここの祈り子はシーモアのお袋さんで、シンが生まれた頃からいるわけじゃないからどんなもんかなっては思うけど何もしないよりましだろうとは思う。

 シンと顔を付き合わせたときは混乱してばかりいたけど、体が冷えて頭も冷えたみたいだ。
 騒いでたって、どうにもならないんだ。

 せっかく暖かくなったのになぁ、って思いながら俺はまた冷たい水の中に潜った。
 道は知っている。
 ふさがっていたらぶち壊す!
 でもこれが俺の過去のままの時間だとしたら、早く帰ってこないとリュックが帰っちまうなぁ……と思った。
 飛行艇は無いんだ。移動手段を失う話になっちまう。
 もし置いていかれたら泳いで陸に行くことになるのかな。
 一番近いのって……どこだ?
 幾らブリッツの選手でも泳いでたどり着く自信が無いぜ。

 リュックといえばアルベド族。
 前はリンにもアルベド語マスターを認められたし、まあ何とかなるだろうと楽観した。




 陸に上がって、頭を振って水を飛ばす。
 以前のままの荒れた遺跡だ。
 人が出入りした痕跡は無い。
 埃も塵もつもったまんまだ。

 仕掛けを解いて祈り後の間に入ろうとして――挫折した。

 だめじゃん。
 ここの仕掛けは各地の六つの寺院と連動している。
 多分シーモアが仕掛けたんだろうけど。
 かんっぺきに無駄足だ。

 まあそもそも、シンと同じ時代に生まれた祈り子たちと違って俺がザナルカンドの住人だからって姿を現したりしないだろうし、俺はそもそも召喚師じゃないから、祈り子像を見つけても祈り子と交感? とか出来ないし。
 そもそも無駄足じゃん。
 そう思うと途端にかったるくなって来た。

 座り込んで少し休みたかったけど、リュックに遇わないとこの寺院を出られない。
 そう思えばシーモアのおふくろさんは行動力が有る、んだろうな。
 ここを出てザナルカンドまで行っちまうくらいだし。
 でも、きっとそのおふくろさんの行動がシーモアを歪めたんだろう。
 その止めになったんだろうと思う。

 俺のお袋と違って、シーモアのお袋はシーモアの事愛してたんだろうけど。
 生きて、側にいて、抱きしめてくれるだけで良かったんだよな、シーモア。
 それさえあれば、グアド族から迫害されていても、耐えられたんだよな。
 また、敵対するんだろうな。
 シーモア。
 俺は、例え自分が消えても何度でもシンを倒す。
 シーモアとは永遠に相容れない。

 何よりユウナのファーストキスを無理やり奪った野郎だ。
 許す道理なんてないよな?

 シーモアに対する複雑な感情に一応の決着を付けると俺は再び水に飛び込んだ。




 以前火を焚いた広場に踏み込むと、まだ人の気配は無かった。
 ただ待つのも間抜けだから火の付く物を探しにいく。
 ……枯れた花束とか、シーモアがお袋さんのために作ったんだろうか。

 なんか、あんまり長いしたくない場所だ。
 ここは特定の奴のことばっかり思い出させる。
 とりあえず適当に集めて、着荷器具は使わずにファイアで火をつけた。
 便利だよな、魔法って。
 ルールーに習っといて良かったぜ。

 火を焚いて温まってくると案の定っつーか……眠たくなってきた。
 なんといっても以前より無駄な事しているわけだし、以前より疲れている。
 眠っている間に襲われたらいくら強くなった、って言っても無駄だよなぁっておもって、俺は何とかうつらうつらする程度で堪えていた。

 早くリュックたちに来てほしい。
 平気な振りをしていたけど、本当はずっと怖かった。

 リュックが、何も知らなかったらどうしようって、さ。
 もし、何も知らなかったら? リュックに初対面みたいに挨拶されたらどうしようって、思ってた。
 リュックもそうならきっとワッカもルールーも、ユウナも……そうなんだろうし。

 怖かった。
 俺が精一杯生きたあの人生を、全部白紙にされる瞬間が来るんだ。

 本当は消えたくなんて無かった。
 やっと本当の世界を知って、生き始めたばかりだったのに。
 ユウナを残していなくなりたくなかった。
 それでも覚悟してシンを倒してスピラの死の螺旋を断ち切ったはずなのに、その全部が無かったことにされる。
 ユウナとの出会いも、決死の覚悟も、全部。

 あの魔物を倒したら、すぐにも気絶するように眠りたい。
 なんかもう色々とショックなこととか考えることとか多すぎて、ものすごく疲れた。

 魔物は現れたけど、今の俺にとっては弱かった。
 リュックが来る前に倒し終わって、その頃後ろの入り口から人が沢山入ってきた。
 その中にはマスクをしたリュックもいて――馬鹿だよな、おれ。
 リュックが俺の事知ってるかどうかもわかんないのに、もう安心しちまって、意識がとんだ。
 リュックが俺の事を知っているかどうか確かめるのを先送りにしてしまった。
 そして気が付いたらやっぱり甲板に転がされていて、それで妙に納得した。
 リュックは、俺の事を知らないって。

 しばらくしてリュックの兄貴がやって来て、アルベド語で話を始めた。
 理解、出来るんだよなぁ。
 前はアニキのアルベド語が理解できなかったからちんぷんかんぷんだったけど、多分今回も前も同じ事を言われているんだと思う。
 つまり、サルベージの手助けな訳だけど。
 ボディランゲージにしても愉快なアニキだと思うぜ。

 言っていることがわかってしまって現実逃避していると、リュックが通訳してくれた。
 まあ必要ないんだけどさ。
 だからリュックの通訳にアルベド語で返したら、驚いてた。

 リュックが何か知っていないかって、匂わせる発言をしてみたけど、まあ俺がアルベド語を話したことに驚いていたくらいだから無理だろうと思ったけど案の定だった。
 分っていたけど結構ショックはでかかった。
 寺院にいる間にだいぶ落ち着いたから、こんどはシンに近づきすぎて頭がグルグルしちゃった、なんていわれなかったけど、混乱したままリュックに出会ったらきっとまた同じようにシンに近づきすぎて毒気に当てられたって言われたんだろうと思う。

 シンの毒気は――たぶん祈り子の見ている夢だ。
 あそこは平和だから。
 スピラの常識なんて全然通じないから。
 近づきすぎて、祈り子達のザナルカンドの夢を見たら、きっとスピラで生きるのは大変だと思う。

 それに、あれだけ密度の高い幻光虫に当てられたらどうにかなるって。

 アルベド語が使えたことから更に意気投合して、俺は飛空挺のサルベージを手伝った。
 今度はあのタコのような魔物だって楽勝だぜ。
 タコ殴りにして退場願った。

 甲板に上がって、メシを食いながらリュックとぼんやりと話していた。
 リュックはなんか色々ハイテンションに言ってたけど、俺はずっと上の空だった。
 話せば話すほど突きつけられる現実が痛かった。
 いっそのこと親父の迎えが早く来ないかって、思った。

 ここが現実なのかどうか、俺にはわからない。
 今まではこっちの方が夢じゃないかと思っていた。
 けど、もしかしたらいままでのほうが夢だったんじゃないのか?
 アーロンに連れられてスピラに来て、ユウナと出会って旅をして、覚悟を決めてシンを倒して消えていくまでの全部が、消えていった後の異界を漂っていたときのも全部、全部夢だったんじゃないかって。

 寺院の冷え切った空気の匂いも、鉄とオイルの臭いのする船の甲板も、水の感触も、今食べている飯の味も、全部、全部あんまり現実らしくて、俺は今を夢と疑う気持ちがだんだん薄くなっていっていた。

 ユウナ。
 ユウナ……。

「え? キミ、今なんて言ったの?」
「はぁ? 何って、なんだよ」
「ユウナって、言わなかった?」

 反射的に手で口を押さえてしまって、それが逆にリュックに確信を持たせてしまったみたいだった。
 呟いたつもりなんて無かったのに。

「キミ、ユウナのこと知ってるの?」

 聞かれても何て答えればいいんだよ。
 ユウナは、俺の事を知らないはずなのに。
 俺にとっては大切な人だった。
 俺はユウナのガードで、ユウナは俺の大切な人で、初めから俺を信じてくれたたった一人の人だった。
 でも今いきなり会いに行ったら――たぶん、巡礼の途中でユウナに握手をしてくれって言ったやつらと同じように対応されるんだろうなと思う。

 いっそこのままザナルカンドに行っちまおうかと思った。
 ユウナレスカを倒してしまえばこれから究極召喚が生まれる心配はしなくていいし、それが知れたら面倒な老人つーか死人が一人成仏するし。
 シンを倒したらシンは他の召喚獣に乗り移るんだろうけど、そのたびに倒していけば最終的に乗り移れる召喚獣はいなくなる。
 時間は掛かるけどジ・エンド。
 俺も長く生きられる。

 そんな訳には行かないか。
 迫ってくるリュックになんて答えたらいいのか迷っていると、船が揺れた。

 ナイスだ親父。
 安心しろよ。いつか……必ず俺がブッ倒してやるから。
 ここが夢でも現実でも、それだけは約束する。




 気が付けば海の中で目が覚めた。
 鮮やかなブルー。
 濃い海の匂い。
 南国の海底。

 ビサイドだ。
 確信して俺は水を蹴った。




 飛んで来たブリッツボールを蹴り飛ばして、俺はやっぱりワッカに拾われた。
 どうしようか迷っていたけど、顔を見たら懐かしくてたまんなくなって、ワッカが俺のこと知らないって分っていても、近づいてしまった。
 ワッカの家まで案内されて、ずっと俺は考えていた。
 行くべきか、行かざるべきか。

 ユウナのところへ。

 ガードのワッカがここにいる。
 キマリやルールーはいない。
 新しい召喚師が生まれたときのあの浮かれたような雰囲気が村には無い。
 やっぱりユウナは寺院にいるんだろうか。

 そういえば以前は寺院に行ったとき、大召喚師の像に祈りを捧げているユウナを見かけたような気がした。
 あの時は特に意識していなかったけど、あれはユウナだった。
 もしかしたら、会えるだろうか。

 そう思ったら居てもたってもいられなくなった。
 ワッカには休んでいろっていわれて居たけど、もう休む気なんてなくなっていた。

 走って、走って寺院に駆け込んだ。
 勢い込んで走ってきたけど、寺院の中にユウナは居なかった。
 もういっちまったのかな。
 香の匂いや薄暗さや、独特の静けさや雰囲気に当てられてさっと頭から血の気が下がった。
 これはワッカの家にいって寝こけるしかないかもしれない。
 でも以前のユウナは祈り子との交感がうまくいかなくて苦戦していた。
 いくべきか、やめるべきか。
 迷ったときだった。

 薄暗い寺院の中でもすぐに分った。
 ルールーやキマリを従えて今まさに試練の間から出てきたばかりだった。

 たまらなくなって、叫んだ。

「ユウナ!!」

 ユウナが振り返る。
 オレ、やっぱり馬鹿だ。
 せっかくここまでシンの毒気にやられたんだって一度も言われずに来たのにさ。
 これでまたきっと変人扱いだぜ。
 ユウナにも、知らない人のように怪訝そうな目で見られて、さ。
 なんて言い訳しようって考えた。
 このさいだ。親父とアーロンのオッサンにも活躍してもらおう。

 とにかくなんとかしてルカまで行って、アーロンのオッサンと遇えたらそこからまた考えよう。

 すぐにそうやって現実逃避したオレを嘲笑うように、振り返ったユウナの目に涙が浮かんだ。
 なんで? って、思った。
 何でユウナが泣いてるんだって。
 ただ変な男に名前を呼ばれただけでなんで泣くんだって。
 呼んでおいて今更、オレの方がビックリしてた。

 喉を震わせて、ガードの二人の間から駆け出してくるユウナ。
 止めようとする二人をたちまちの内に振り切ってくる。
 泣きながらユウナが走ってくる。
 俺に向かって。
 俺に――向かって?

 理解したときにはもう抱き付かれていた。
 危うく尻餅をつきそうなほど強く飛びつかれた。
 細い腕が俺の首に回って、ぎゅうぎゅう抱きしめてくる。
 ユウナが。ユウナが!

「会いたかった」
「ユウ、ナ?」
「待ってた。ずっとキミを待ってた」
「ユウナ、なのか」
「うん。うん。私だよ」

 奇跡だと思った。
 オレも恐る恐るユウナの体に腕を回した。
 こわごわ力をこめて、ぎゅっと抱きしめた。

「会いたかった」
「俺もだ」
「ずっと、呼んでたんだよ?」
「感じていたような気はする」
「探しに行ったんだよ?」
「ああ、わりぃ」
「……バカ。バカ、バカバカ!!」
「ごめん」

 どんどんと拳で背中を叩いてくる。
 俺はそれを受け入れて、ユウナを抱きしめる腕に力をこめた。

「嫌だ……嫌だよ。もう、消えないでよ」

 ユウナが俺の胸の中で懇願する。

「待ってるの、辛いよ。指笛、覚えたんだよ? 吹いても応えてくれない指笛、吹くの辛いよ。ビサイドの海も、キーリカの海も、ルカの海も……あっちこっちで指笛吹いたんだよ? 何処かでキミに届かないかなって。でも、君は応えてくれなかったから」
「聞いたような気がする。ユウナの指笛」
「ずっと、ずっと吹いてたんだよ」
「うん」
「早く来てよ」
「うん」
「会いたかった」

 抱きしめて、抱きしめてユウナを感じた。
 本物のユウナだ。夢じゃない。
 すり抜けてしまったりもしない。俺の存在が、例え夢でも。

 甘美な夢だった。
 甘すぎて離れられなくなりそうだった。
 でも――

「ごめん……」

 会いたかった、っていわれてごめんって答える俺は最低の男だと思う。
 でも、思いが真摯であれば有るほどそれしか言えなくなるんだ。
 ここが現実であるのなら、それしかいえなくなってしまうんだ。

「ごめん、ユウナ」

 謝る俺に、ユウナが叩く手を止めて静かに嗚咽を零した。
 どうやって慰めたらいいんだろうかって、真剣に困った。
 俺たちの間にはもう下手な嘘は通用しない。
 その場しのぎの慰めは出来なかった。

「ごめん、ユウナ」
「……わかってる。わかってるよ。キミは、決めたんだもんね。私も、決めていたから」
「俺たち似た者同士なのかもな」

 どちらも命を賭けた者として。
 俺はただ、謝る事しかできなかった。
 俺もユウナも、決めていた。
 シンを倒す。
 これだけは。

「ごめんな。ほんとに」
「ごめん……なさい。謝るのは私のほうだよ。私がきっと、キミを――」
「言っちゃだめっス」

 誤魔化せないのって、辛いっス。

「だからユウナで、だから俺なんだ。やめてしまったら、きっともう会えない。……俺はシンを倒す。ユウナ、手伝ってほしいんだ」
「……うん。うん。きっと、きっとシンを倒そう」
「ああ。きっと、絶対、必ず倒す」

 俺の方に顔をうずめていたユウナが、顔を上げて俺を見た。
 綺麗な色違いの目を久しぶりにじっと見る。

「二年……ううん。三年も私を待たせた罪は重いんだぞ」
「精一杯償わせてもらうっス」

 精一杯の冗談にやっと笑って、今度は柔らかく抱きしめあった。
 周囲が呆気に取られて介入してこないことをいいことに、俺たちはその間ずっと抱きしめあって、うなずきあった。









 真っ先に我に返ったのはルールーだった。
 不機嫌で怖かった。
 なんか色々問い詰められたけど、答えられることなんてそうは無いんだよな。
 ユウナが俺のことを、自分の大切な人だって紹介してくれて、それが嬉しかった。

 ルールーに睨まれてさえいなければその場で叫んでガッツポーズだ。

 それはしなかったけど嬉しくてユウナを抱きしめなおしたら、ルールーどころかキマリにも睨みつけられた。
 まあキマリのにらみにはただ気が付いていなかっただけなんだろうな、俺が。

 三年前から、とか、ユウナが少し前から指笛を吹き始めたのは貴方のせいなの? とか色々聞かれて、ほんとどうしようかとおもったっス。
 けどルールーもワッカもキマリもユウナには弱いっス。

「彼は、私の一番最初のガードだよ」

 ルールーは頭を抱えていたけど、一応この言葉で引き下がった。
 相変わらず俺は睨まれていたけど。
 美人が睨むとめちゃめちゃ怖い。

「ユウナのことは俺がまもるっス」

 ユウナの言葉に調子に乗って、拳で胸を叩いて宣言すると、ユウナは可愛らしくクスッて笑った。

「私、もう君に守られるほど弱くないよ?」
「じゃあユウナは俺のことを守るっス。そして俺はユウナを守る」
「うん」
「あんたたち、いい加減にしなさい。ユウナ、あなたもよ」
「あっ……ごめんなさい」

 やっぱり美人は怒らせちゃダメっす。

「ユウナ。あなたが決めたのなら、彼がガードだというのは構わないわ。そこそこ強いんでしょう?」
「もちろんっす。ブリッツもバトルも世界一っスよ!」
「貴方には聞いてないわ」
「ルールー!」
「ユウナ。とりあえず行きましょう。……そこの彼も、一緒にね」

 ユウナとあえて嬉しかった。
 ユウナがユウナで嬉しかった。
 けど、結構前途多難だと思った。




 広間にユウナが出て行って、召喚しになれたと宣言した。
 今夜はきっと祭りになるんだろう。
 ユウナと口裏合わせとく時間が無かったから厳しかった。
 でもアーロンの知り合いでジェクトの息子で、ユウナの親父さんとも一応面識があるって言ったら結構柔らかくなった。
 三人のオッサン集団が役に立つ事があるとは思わなかった。
 俺にとってはそうだってだけで、スピラの連中には俺の親父もアーロンのオッサンもユウナの親父さんもとんでもないネームバリューを持っているって事なんだろう。
 そういえば以前の旅じゃバルテロがアーロンと握手した手を洗わないって興奮しながら言っていた様な気がする。

 ……ああいう尊敬の形はあんまり嬉しくないかも。
 てゆーか、オッサンが握手に応じたことがあの時は意外だった。
 積極的な感じはしなかったけど、断るのも面倒くさかったような感じかな。
 オッサンはもう少し喋れっての!
 でもまあ、多弁なオッサンってのもなんか想像つかないけどさ。

 ルールーはまだ何か言いたそうだったけど、忙しくなって行ってしまった。
 にらまれなくなってほっとした。
 ワッカは俺とユウナが知り合いで、俺がユウナのガードになったことを意外なほどあっさりと受け入れた。
 たしか、弟に似てるんだっけ……。
 でもあれだけルールーに睨まれた後ならどんな理由だったとしても好意的なのは嬉しい。

 村中が浮き足立ったように騒いでいた。
 中央に焚かれた大きな火が広場を赤々と照らし出す。
 その広場で、ユウナが召喚獣を披露した。

 ビサイドの寺院の召喚獣はヴァルファーレ。
 鳥、だと思うけど……微妙だよな。かっこいいけどさ。

 それを遠くから見ていたら、ユウナが騒ぎから抜け出して来て俺の隣に並んだ。
 なんか、すっげー幸せなんだけどどうしよう。

「主賓が抜け出してきていいんスか?」
「いいの。もうああなっちゃえば私なんて関係ないんだし……」
「……ユウナ」
「ティーダ」

 下ろした手にそっと手のひらが絡められて、俺もそれを握り返した。

「話し、したかった。ずっと」
「俺も」
「……ヴェグナガンを倒して、異界にさようならしようと思ったら、ここに居たの。ビサイドに」
「ユウナがヴェグナガンを倒すの、見ていた。親父達がすっげー応援していてさ、おかしかった。ユウナのこと、もう一度抱きしめたいと思った。……そしたらここに居た」

 繋いだ手のひらがぎゅっと握られる。
 ユウナの不安を表すみたいに、少し震えていた。
 不安じゃないはず、ないよな。
 俺だって不安だ。
 まったく訳がわからない。

「……ねえ」
「なんスか」
「祈り子様、何も知らなかった」
「……そうっスか」

 予想はしていたけど、やっぱりショックはでかい。
 ヴァルファーレの祈り子はシンの時代から居たはずだから、その祈り子が何も知らないならもうこの事態を説明できる人を探すのは絶望的だろうとおもう。
 こうなりゃアーロンのオッサンももう期待できない。

「いこうユウナ。オレ、最初は夢かと思ってた。やっとの思いでシンを倒して、エボンジュも祈り子も全部倒して、消えて――それがやり直しなんてありえないって。悪い夢だって。けど、ここは現実だ」
「うん」

 もうすでに痛いほどに実感している。
 ただそれを受け入れる覚悟が無かっただけだ。

「ユウナに会って、覚悟決めた。ここは現実だ、って。何があっても、何もなくても、オレは精一杯生きる」
「そうだよね。うん!」

 ユウナが握っていた手を振りほどいて俺の首に腕を回して抱きついてきた。
 ユウナのほうから抱き付かれるとドキドキする。
 いや、自分から抱きついてもドキドキするけど、覚悟がない分ドキドキが二倍? って感じだ。

 柔らかい。
 いいにおいがする。
 耳元にユウナの呼吸が聞こえる。

 全部、前は分らなかったことだ。
 シンを倒して消えかけていたときから、異界でユウナに触れたいと思ったときも。
 ……生きてるって、偉大だな。

「いこう、一緒に行こう!! まずはキーリカ。それからルカ。ミヘン街道を通って、それからキノコ岩街道! シンが襲ってくるのもとめられない。きっとミヘンセッションも止められない。それでも、いこう? もう一度ただ――無力を気噛み締めるだけだとしても」
「ああ、行こう。俺たちは絶対に止まらないっス!!」

 シンは巨大だ。
 前は飛空挺を使って反則気味にシンの上に上陸したけど、普通はそうは行かない。
 だから究極召喚がたった一つの手段だったんだと思う。
 同じ質量をぶつけることでしかシンを倒せなかった。

 ミヘンセッションだって、有名人とは言え一召喚師であるユウナと、俺に至ってはガードに過ぎない。
 意見が聞き入れられることは多分無い。

 ……なんか、諦めを覚えた大人みたいだ。
 ユウナレスカの前じゃあんなに啖呵切って嫌だって言ったのにな。
 それでも、きっとやれることはゼロじゃない、と思う。

 ユウナの召喚獣ならシンと全面対決しても何人かは守れるかもしれないし、その後だって迷わないように異界送りが出来るし、けが人は回復も出来る。
 って、全部ユウナじゃん。オレってば役たたずっスか?
 ダメダメっス。
 ……ユウナには及ばなくても、白魔法は使えた。
 オレ役立たずじゃない。

 なんだか気力が回復してきた。

「探そう? 一緒に。二人で歩ける道。わたし」
「ユウナ」
「私、もう死ぬ覚悟なんて決めない。キミも、消える覚悟なんて決めないで。一緒に探そう」

 胸が詰まった。
 儚げだった少女が何時の間にかとんでもなく強くなっていた。

「ああ。絶対にみつけるっス。オレは、ユウナと生きたい」










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